プレスリリース

水分解光触媒を利用したソーラー水素製造と分離回収を100m2規模で実証

 

1.発表者: 
堂免一成 (東京大学 特別教授室 特別教授)

2.発表のポイント:
◆大面積(100m2)の太陽光水分解光触媒パネル反応器と酸水素ガス分離モジュールを連結したソーラー水素製造システムを開発し、屋外環境で1年以上の長期運転実証に成功した
◆水分解光触媒を利用したソーラー水素製造システムの大規模化や安全設計に関する基本原理を確立した 
◆可視光応答型光触媒、光触媒パネル、ガス分離モジュールの改良を進めることで、低コストで大量のソーラー水素を製造する光触媒パネル反応システムの実用化が可能になる。

3.発表概要
NEDOの「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)(注1)」では、光触媒による太陽光水分解反応で得られるソーラー水素と二酸化炭素を原料とした基幹化学品製造プロセスの基盤技術開発に取り組んでいます。今般、東京大学特別教授室の堂免一成特別教授らは、人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)(注2)、富士フイルム(株)、TOTO(株)、三菱ケミカル(株)、明治大学、信州大学とともに、大面積太陽光水分解光触媒パネル反応器および水素・酸素ガス分離モジュールを連結したソーラー水素製造システムを開発し、長期運転実証を行いました。開発したシステムは、25 cm角の水分解光触媒シート(注3)1600枚からなる総受光面積100 m2のパネル反応器とポリイミド中空糸膜モジュールをベースにした水素酸素ガス分離モジュールから構成され(図1)、自然太陽光下、屋外環境で1年以上にわたり水を水素と酸素に分解し、生成した水素と酸素の混合気体から高純度のソーラー水素を分離できました。さらに、ガス流路を適切に設計することで水素酸素混合気体を長期間安全に取り扱えることを確認しました。これらは、ソーラー水素製造用光触媒パネル反応システムの大規模化や安全設計に関する基本原理を示す画期的な成果です。

4.発表内容
太陽エネルギーを利用した水分解で得られる水素、いわゆるソーラー水素を製造する手法が各種研究されています。粉末光触媒を用いる手法は大面積展開が比較的容易であるため、大規模ソーラー水素製造の実現に有力な方法の一つです。NEDOの人工光合成プロジェクトでは2018年に1 m2サイズの水分解光触媒パネル反応器を試作し、光触媒の性能を損なうことなく自然太陽光下で水を水素と酸素に分解できることを実証しました。しかし、パネル反応器の大面積化やソーラー水素の分離回収、屋外環境における長期安定性は未検証であり、光触媒パネル反応器の設計を見直すとともに、水素と酸素の混合気体を安全に分離する機構を開発する必要がありました。
今回、大量生産が可能で相互に連結でき、長期間使用可能な水分解光触媒パネル反応器を新たに開発しました(図2左)。このパネル反応器の上面は透明なガラス製で、中に25センチメートル角のチタン酸ストロンチウム光触媒シートを格納します。光触媒シートと窓の間には0.1 mmの隙間があり、そこへ水を供給して反応させます。ここで用いたチタン酸ストロンチウム光触媒は太陽光のうち紫外光しか利用できませんが、量子収率ほぼ100%で水を分解できるという優れた特長を有しています。また光触媒シートは、スプレーなどを用いて光触媒を基板上に塗布するだけで、容易に製造可能です。
開発した光触媒パネル反応器に紫外光を照射すると、生成する水素と酸素の気泡が滑らかに反応器上方に移動して光触媒シート表面は濡れた状態を維持するため(図2右)、高い水分解効率を維持しました。また、気泡が速やかに合一するために気泡による光散乱の影響もほとんど生じませんでした。この光触媒シートに疑似太陽光を連続的に照射し続けると、初期活性の8割以上の活性を2カ月以上維持しました(図3)。これを日本の屋外試験の条件下に置き換えると、約1年の耐久性に相当します。
開発した光触媒パネル反応器を連結して3 m2のモジュールを組み立て(図4左)、さらにそれらをプラスチックチューブで連結することで、世界最大となる100 m2規模の光触媒パネル反応器を組み立てました(図1)。それぞれのモジュールには自動的に水の供給量を制御する機構が組み込まれています。光触媒パネル反応器は屋外環境で継続して1年程度水素と酸素の混合気体を発生しました。生成した気体を捕集すると勢い良く気泡が吹き出る様子を観察することができ(図4右)、夏の日照条件が良好な時期には最大0.76%の太陽エネルギー変換効率を示しました。
続いて、水分解により生成した水素と酸素の混合気体をガス分離モジュールに導入してソーラー水素を分離回収する実証試験を行いました。ガス分離には市販のポリイミド中空糸分離膜が用いられており、水素が透過ガスに、酸素が残留ガスにそれぞれ濃縮されます。また、ガス分離モジュールには水素酸素混合気体を一時的に貯留するタンクが設けられ、分離膜に供給される気体の量を一定にして分離性能を安定化させる機構が備えられています。光触媒パネル反応器からガス分離モジュールに供給されるガスは水素と酸素の組成比が2:1で、これを1日分離すると、平均で水素濃度が約94%の透過ガスと酸素濃度が60%以上の残留ガスに分離され(図5)、水素の回収率は約73%でした。類似の実験を何度も実施した結果、天候・季節によらず同等の分離性能を長期間発揮することが確認されました。
ソーラー水素製造プロセスでは、水素と酸素の混合気体の安全性が課題とされています。酸素と混合された水素は爆発範囲が4%から95%と広く、爆発しやすいことはよく知られています。光触媒パネル反応器で生成する水素酸素混合気体はもちろん、現状ではそれをガス分離モジュールで処理して生じる透過ガスと残留ガスも爆発範囲内にあります。1年以上にわたる屋外試験の間、光触媒パネル反応システムの機能を損なうような爆発は一度も観測されませんでしたが、実用化に向けて安全性には細心の注意を払い、爆発のリスクを低減する必要があります。そこで、水素酸素混合気体を発生している光触媒パネル反応システムの各構成部に意図的に着火し、どのような影響が生じうるかを調査しました。その結果、光触媒パネル反応器、ガス捕集用配管、中空糸分離膜を含むガス分離モジュールのいずれにも、破損や性能劣化は確認されませんでした。水素酸素混合気体を貯留するタンク(容積3 L)も、タンク内に適切な仕切りを設けることで爆発による破壊を防止できることがわかりました。一連の結果は、爆発性の高い水素酸素混合気体であっても、適切に設計されたシステムを用いることで安全に取り扱えることを意味しています。今後より厳密な安全性試験が必要ですが、100 m2スケールの光触媒パネル反応システムの運転実証実験により、大面積でも太陽光水分解が可能で、生成した水素酸素混合気体から長期間ソーラー水素を分離回収できることが示されました。
今回開発した世界最大のソーラー水素製造用光触媒パネル反応システムは低コストで大量のソーラー水素を製造するプロセスの安全設計の実現に寄与します。今後、実用レベル(5%以上)の太陽エネルギー変換効率を持つ高効率可視光応答型光触媒の開発、光触媒パネルの低コスト化と一層の大規模化、ガス分離プロセスの分離性能とエネルギー効率の改善に向けた研究開発を進め、より大規模で高効率なソーラー水素製造用光触媒パネル反応システムの構築を目指します。

5.発表雑誌
雑誌名:「Nature」(8月25日(英国時間)オンライン版掲載済)
論文タイトル:Photocatalytic solar hydrogen production from water on a 100 m2-scale
著者:Hiroshi Nishiyama, Taro Yamada, Mamiko Nakabayashi, Yoshiki Maehara, Masaharu Yamaguchi, Yasuko Kuromiya, Hiromasa Tokudome, Seiji Akiyama, Tomoaki Watanabe, Ryoichi Narushima, Sayuri Okunaka, Naoya Shibata, Tsuyoshi Takata, Takashi Hisatomi, Kazunari Domen*
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41586-021-03907-3
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41586-021-03907-3

6.用語解説
注1:ここでいう人工光合成とは、太陽光エネルギーを用いて、相対的にエネルギーレベルの低い水や二酸化炭素などを、相対的にエネルギーレベルの高い水素や有機化合物などに変換する技術を指す
注2:参画機関:(株)INPEX、TOTO(株)、(一財)ファインセラミックスセンター、富士フイルム(株)、三井化学(株)、三菱ケミカル(株)(五十音順)
注3:ここでいう光触媒シートとは、水分解用粉末光触媒を基板上に薄く固定したものを指す

7.添付資料
図1 100 m2規模の光触媒パネル反応器の外観。

図2 光触媒パネル反応器の基本単位(左)と紫外光照射下での水分解反応時の様子(右)。

図3 疑似太陽光連続照射時の光触媒パネル反応器の水分解活性

図4 3 m2スケール光触媒パネルモジュール(左)と100 m2スケール光触媒パネル反応器から生成する水素酸素混合気体(右)

図5 100 m2スケール光触媒パネル反応器に接続されたガス分離システムの性能。


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Nature:https://www.nature.com/articles/s41586-021-03907-3