プレスリリース

希土類元素(Eu)の添加によるマグネタイト(Fe3O4)の巨大飽和磁化創成と電気的手法によるスピン制御法のデザイン〜ポスト・コロナ時代の相対論的量子力学による計算機ナノマテリアルデザイン〜

 

1.発表者
Hussein N. Assadi (The University of New South Wales, Research Fellow)
José Julio Gutiérrez Moreno (Barcelona Supercomputing Center, Senier Researcher)
Dorian A. H. Hanaor (Technische Universität Berlin, Lecturer)
吉田 博 (東京大学 大学院工学系研究科附属スピントロニクス学術連携研究教育センター 特任研究員(上席研究員)/

                    大阪大学名誉教授)

2.発表のポイント
◆マグネタイト(Fe3O4)に希土類元素(Eu)を添加し、巨大飽和磁化を発現する新奇酸化物磁性体の創製法をデザインし、多様な新奇磁性体を発見するための汎用的デザイン則を得ることができました。
◆Eu添加マグネタイトの巨大飽和磁化と磁化方向(結晶磁気異方性)を化学ドーピングやゲート印加電場により、電気的に制御する方法と、その一般的デザイン則を発見しました。
◆Eu添加によりマグネタイト磁石が強化され、化学反応に使うマグネタイト触媒の印加磁場による再活性化が容易となり、巨大飽和磁化を電気的に制御した自己修復する不老不死の高次機能触媒のデザインが可能になりました。

 

3.発表概要
Hussein N. Assadi (The University of New South Wales, Research Fellow)、José Julio Gutiérrez Moreno (Barcelona Supercomputing Center, Senier Researcher)、Dorian A. H. Hanaor (Technische Universität Berlin, Lecturer)、吉田博(東京大学大学院工学系研究科附属スピントロニクス学術連携研究教育センター 特任研究員(上席研究員)/大阪大学名誉教授)は、環境調和・生体調和新奇スピントロニクス材料のデザインに関するポスト・コロナ時代を念頭にネットワーク型ラボによる国際共同研究を行いました。その結果、研究グループは、省エネルギー・スピントロニクスデバイス、環境調和デバイス、生体調和デバイスなどへの応用が期待されているマグネタイト(Fe3O4)【磁鉄鉱、鉄黒錆】を高機能化する計算機ナノマテリアルデザインに成功しました。
強いスピン軌道相互作用を持つ希土類元素(Eu)をマグネタイトに添加し、その飽和磁化を2.3倍以上も巨大化できる新機能酸化物磁性体の創製法をデザインしました。巨大飽和磁化は、化学ドーピングによる電荷の符号や外部からの印加電場の符号を調整することにより、磁化の大きさとその方向を同時に制御できる方法を発見しました。
これらを利用し、スピントロニクス(注1)・デバイス、環境調和デバイス、生体調和デバイス、などへの産業応用が可能となります。Eu添加により、化学反応に用いられているマグネタイト触媒の印加磁場による再活性化が容易となり、巨大飽和磁化の電場制御を利用した自己修復する不老不死の触媒機能を高次化することができます。希土類元素添加による磁性体材料の巨大飽和磁化の物理機構を解明し、新奇磁性体創製法の汎用的デザイン則が得られました。それにより、Fe系酸化物磁性体のみならず、遷移金属窒化物磁性体材料、遷移金属炭化物磁性体材料、遷移金属フッ化物磁性体材料、遷移金属ボロン化合物磁性体材料などの巨大飽和磁化をデザイン主導により実証し、スピントロニクス・デバイスなどの高度化や高機能化を実現することができます。
本研究成果は、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)発行の「Physical Chemistry Chemical Physics」に、8月30日(月曜日)6:00時(英国夏時間)に公開されました。

4.発表内容
持続可能な社会の実現のためには、創省エネルギー、公衆衛生・医療健康、環境調和、生体調和、安全安心などの基盤技術としての環境調和デバイス、生体調和デバイスや省エネルギーのスピントロニクス・デバイスの実現とその卓越した性能向上を目指した研究開発がますます重要になってきています。マグネティズム(磁性)の名前の起源でもあり、紀元前9世紀に発見され、コンパス(指南車)として使われた永久磁石であるマグネタイト(Fe3O4)は生体内にも存在し、環境調和性と生体調和性を併せ持っています。そのため、バイオ・スピントロニクス材料として、生体調和・環境調和デバイスの実現に向けた高機能化と高次機能化がポスト・コロナ社会から強く求められています。
マグネタイト(Fe3O4)の高性能化や高次機能化を実現するためには、飽和磁化を巨大化させ、化学ドーピングや外部からのゲート印加電場によって、飽和磁化の大きさと方向(スピン自由度(注2))を自由に制御する手法の開発が求められています。研究グループは、計算機ナノマテリアルデザイン手法により、Eu添加マグネタイトのEu由来のスピン軌道相互作用とFeの多体的交換相関相互作用を積極的に利用・協奏し、巨大飽和磁化を持つ新奇磁性体物質創製法のデザインに成功しました。強い交換相関相互作用と相対論的量子力学に基づく強いスピン軌道相互作用を取入れ、原子番号だけを入力パラメータとする第一原理計算により、多様なスピン構造配置(図1)を出発点として、スピンと原子構造配置に対する全エネルギーの最少化から、安定な原子構造配置とスピン構造配置を決定しました。
最も安定な基底状態は図2(b)の原子構造配置とスピン構造配置となります。マグネタイトの持つ4.1μBの飽和磁化は、Eu添加により最大9.451μBの巨大飽和磁化を持ちます。Feイオンのスピンと添加したEuのスピンが1個のFe原子を除き、強磁性的相互作用のためほぼ並行なスピン構造配置となります。また、巨大飽和磁化を実現する新奇磁性体材料創製法の汎用的デザイン則を発見しました。さらに、巨大飽和磁化の大きさと方向をキャリアの正負や電場の正負で制御する目的で、O原子をN原子で置換した正孔ドープでは、反平行な磁気モーメントを持つFeスピン対の数が増大し、飽和磁化は大きく減少するとともに、その磁化方向が面直から面内へと回転します(図2(b))。一方、O原子をドナーであるF原子で置換すると電子ドープにより、大きな飽和磁化が維持したまま、磁化方向が面直から面内へと回転します(図2(c))。このようにして、キャリアとなる電荷やゲート印加電圧の符号を調整することにより、巨大飽和磁化の大きさと方向を電気的に自由に外部から電場制御できる(スピン自由度[注2]の制御法)手法とその一般的デザイン則を発見しました(図2(a),(b),(c))。

図1:Eu添加や化学ドーピングによりキャリア(N:アクセプターやF:ドナー)をドープしたマグネタイト(Fe3O4)における6種類のスピン構造配置の単位胞。これらを出発点として格子緩和とスピン軌道相互作用を取り入れた相対論的第一原理計算により、全エネルギーの比較から安定な原子構造配置とスピン構造配置を決定します。矢印は各原子位置に局在しているスピン(磁気モーメント)の方向を示しています。

図2:最も安定な基底状態となるスピン構造配置と原子構造配置の図。図(a) は四面体Fe位置にEuを添加した場合のスピン構造配置図。図(b)はFe位置にEuを添加し、さらに、Nアクセプター(正孔ドープ)をO位置に同時ドープした場合における基底状態のスピン構造配置図。図(a)と比べて磁化方向がbc面直からbc面内に変化(回転)し、飽和磁化が減少します。図 (c) はFe位置にEuを添加し、Fドナー(電子ドープ)をO位置にドープした同時ドーピングにおける基底状態のスピン構造配置図。飽和磁化は維持されるが、磁化方向はキャリアがドープされていない(a)と比べてbc面直からbc面内に変化(回転)します。各原子の矢印は原子に局在しているスピン(磁気モーメント)の方向を示しており、キャリア数と電子/正孔の種類によって、飽和磁化の大きさとその磁化方向(結晶磁気異方性)を化学ドーピングやゲート印加電場の符号を変えることにより電場制御することができます。

研究グループは、相対論的量子力学の基本法則に基づいて、計算機ナノマテリアルデザイン手法の開発とそのスピントロニクス材料、環境調和材料、生体調和材料への応用を目指し、強磁性半導体(注3)のデザインと実証に関して、ネットワーク内の実験グループと協働して多くの研究成果を挙げています。今回、研究グループが注目したのは、Fe酸化物磁性体に添加した希土類元素(Eu)により、Fe磁性原子内のスピン間に生じる多体的交換相関相互作用(注4)とEuの相対論的量子力学を起源とする強いスピン軌道相互作用(注5)を有効に利用・協奏させて、複雑なスピン構造配置と磁化の電気的制御法を計算機ナノマテリアルデザイン手法によりデザインしました。これにより、従来のマグネタイト磁性体材料と比べ、2倍以上の巨大な飽和磁化を実現し、ドープしたキャリアやゲート印加電場の符号によって磁化の大きさとその方向を電場でスイッチ制御するデザイン則の導出に成功し、その物理機構を明らかにしました。これらは、一般的かつ汎用的なスピン自由度の新しい電場制御法です。汎用的デザイン則は遷移金属酸化物に限らず、遷移金属窒化物、遷移金属炭化物、遷移金属フッ化物、遷移金属ボロン化合物など無限にその応用が広がっています。創エネルギーのための安価な環境調和永久磁石、省エネルギーのスピントロニクス材料、環境調和材料、高次機能化学触媒材料、生体調和材料などにも次々と適用され、世界を大きく変える可能性があります。基礎科学の観点に立脚し、高次機能を積極的にデザインし、デザイン主導による実証実験をとおして新機能環境調和材料や新機能生体調和材料の産業応用も、極めて興味深い重要な研究開発テーマです。

①研究内容
30世紀以上も昔から,古代ギリシャのマグネシアでは永久磁石材料として知られ、また、わが国の「たたら製鉄」などでも用いられていたマグネタイト(Fe3O4)【磁鉄鉱、鉄黒錆】を例に、反強磁性相互作用のためFeの磁気モーメントが逆向きとなって相殺され、飽和磁化が著しく減少している系から出発し、強いスピン軌道相互作用を持つEuを四面体配位のFe位置に添加し、Fe-Fe間やFe-Eu間の強磁性相互作用を強化・協奏させるマテリアルデザインを行い、巨大飽和磁化を持つ新機能酸化物磁性材料をデザインしました。Eu-4f電子のスピン軌道相互作用とFe-3d電子の交換相関相互作用が協奏する巨大飽和磁化機構は一般的で汎用性があるため、遷移金属酸化物、遷移金属窒化物、遷移金属硫化物、遷移金属フッ化物、遷移金属ボロン化合物などの母体物質に依存しません。スピノーダル・ナノ分解などの不均質な結晶成長法と組み合わせることにより、風力発電やEVモーターなどに不可欠の強い環境調和型永久磁石をデザインするための一般的デザイン則や、自己修復する不老不死の高次機能化学反応触媒のデザイン則を提供でき、デザイン主導による実証実験を誘導する研究成果となっています。「元素戦略」などの研究プロジェクトでは、地政学的に偏在している希土類元素をできるだけ使わない強い永久磁石の開発に多くの関心が寄せられていますが、このような狭い視野にとらわれた研究開発目的に拘泥しすぎると希土類元素を用いた革新的な新機能物質開発において、「大魚」を逃すことになりかねないので、希土類元素と遷移金属との強いスピン軌道相互作用と多体的交換相関相互作用を積極的に利用する広い視野と基礎研究に立脚した計算機ナノマテリアルデザイン研究とデザイン主導による新物質開発が不可欠となります。長い研究の歴史を見ても、このような3d-4f混合電子系の相対論的量子効果による大きなスピン軌道相互作用と局在した3dや4f電子間の強い交換相関相互作用を積極的に利用した巨大飽和磁化のデザイン研究と大きな磁気異方性を持つ新奇磁性体材料のデザイン研究は極めて独創的な研究成果であると言うことができます。普遍的デザイン則の導入により、スピントロニクス・デバイス、環境調和デバイス、生体調和デバイス、自己修復する不老不死の高次触媒の実現のための、デザイン主導による新機能材料や新機能デバイスの応用開発研究に新たな道を開くことができます。

②社会的意義・今後の予定
本研究で提案したデザイン則に基づいて、現在、東京大学を中心に実証実験がおこなわれ、磁化の増大が観測されつつあります。Eu添加による巨大飽和磁化を持つマグネタイト(Fe3O4)の磁気異方性と磁化について、電場による同時制御が実証されれば、スピントロニクス・デバイス、環境調和性デバイス、生体調和性デバイスなどへの産業応用が強化促進され、そのデバイスの高度化と高次機能化が可能となります。希土類元素の添加によるマグネタイト磁石の高強度化や、化学反応触媒に用いられているマグネタイト触媒の印加磁場による再活性化などが容易になり、自己修復する不老不死のマグネタイト触媒機能を高度化することができます。また、日常的に存在し、ありふれた環境調和・生体調和材料に対して、本研究で得られた汎用的デザイン則を適用することにより、例えば、フェライト(Fe2O3)【酸化第二鉄、鉄赤錆】などの多くの環境調和・生体調和型の遷移金属化合物磁性体の再生可能なデバイス応用において、高度化と高次機能化を実現することができます。
本研究への支援:本研究は、科学研究費補助金(基盤研究S)、科学技術振興機構CREST (JPMJCR1777)、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク (Spin-RNJ)の支援を受けて行われました。

5.発表論文誌: 
雑誌名:Physical Chemistry Chemical Physics
論文タイトル:Exceptionally high saturation magnetisation in Eu-doped magnetite stabilised by spin-orbit interaction
著者:M. Hussein N. Assadi, José Julio Gutiérrez Moreno, Dorian A. H. Hanaor, and Hiroshi Katayama-Yoshida
DOI番号:10.13039/501100008530
Physical Chemistry Chemical Physics, 2021, DOI: 10.1039/D1CP02164H
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2021/cp/d1cp02164h/unauth

6.用語解説
(注1)スピントロニクス: 電子は「電荷」とともに自転の角運動量に相当する「スピン」自由度を持っている。スピントロニクスとは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能を持つ物質や材料の設計、デバイス、エレクトロニクス、情報処理技術などに応用する分野である。
(注2)スピン自由度: 電子が持つスピンの性質、あるいはそれを用いた自由度。スピンは古典的には電子の自転に相当する角運動量である。電子はスピンを持つことによって磁気モーメントを持ち、その合計が磁化である。
(注3)強磁性半導体:半導体と磁性体の両方の性質を併せ持つ物質であり、現在は、主に半導体の結晶成長中に磁性元素(Mn, Fe, Coなど)を添加した混晶半導体が主流である。既存の半導体材料や技術との整合性が良いので、将来のスピントロニクスデバイスに使われる材料として期待されている。酸化物も広い意味での半導体である。強磁性とはスピンが平行に整列した場合を言う。
(注4)交換相関相互作用:量子力学の基本法則に基づき、電子間の多体的なクーロン相互作用を多電子系の波動関数で記述したとき、電子座標を交換し、入れ替えた場合に生じる電子間の量子力学的相互作用を交換相関相互作用とよび、電子のスピン間に働く磁気的相互作用を与える。各電子の持つスピンを強磁性的に揃えたり、逆向きに反強磁性的に働く力の起源となる。
(注5)スピン軌道相互作用:原子核の周りを軌道運動する電子スピンを座標原点に据え、その周りを原子核の正の電荷が相対論的に軌道運動すると座標から眺めると、静止した電子スピンの周りを回転運動する正の原子核電荷がつくりだす磁場と電子スピンが強く相互作用する。このような相対論的量子力学から生まれるスピン角運動量と軌道角運動量との相互作用をスピン軌道相互作用と言う。

7.添付資料: 
【巨大飽和磁化と制御法の実現がもたらす波及効果とインパクト】
原子レベルの物性予測が可能な相対論的量子力学に立脚した計算機ナノマテリアルデザイン手法により、環境調和性や生体調和性の高い磁性体材料であるマグネタイト(Fe3O4)の飽和磁化を、希土類元素(Eu)をドープすることにより、単位胞あたり4.1μBから最大9.451μBに、2倍以上の巨大物性応答化が可能になります。巨大飽和磁化の物理機構の起源は、Euの大きなスピン軌道相互作用とマグネタイト(Fe)の多体的な交換相関相互作用にあり、これらによって、環境調和デバイス、生体調和デバイス、創省エネルギーデバイス、新原理による新奇物質開発などの研究開発が加速され、再生可能な社会の実現に向けて、大きな波及効果と広範な分野への大きなインパクトが与えられます。


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