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2020.06.01

工学系研究科・工学部緊急説明会 「研究活動の再開に向けて」5月28日

5月29日にオンライン開催された研究活動再開に向けた緊急説明会での「工学系研究科長による全体方針の説明」の録画ビデオを掲示いたします。

 

 

2020年5月29日 18時45分~

 

「工学系研究科における研究活動再開に向けた緊急説明会」 全体方針説明

東京大学大学院工学系研究科長・工学部長 染谷隆夫 

 

工学系研究科長・工学部長の染谷隆夫です。新型コロナウイルス感染症による未曾有の事態に直面する中、来週から研究活動が段階的に再開されます。それに先立ち、部局の方針を全構成員の皆さんに直接説明するため、本日の緊急説明会を企画しました。

 

はじめに新型コロナウイルスの感染被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。また、社会の混乱が増す中、努力を惜しまずに職務を全うしている教職員の皆さんに敬意を表します。そして、教職員とともに困難を乗り越えようとする学生の皆さんの理解と忍耐に感謝します。

 

では、基本方針を説明します。研究再開あたっての基本方針は、「健康・安全・個別の事情への十分な配慮」です。私たちは、再開にむけた社会への約束として、研究活動の安全を確保しながら、感染リスクを限りなくゼロに近づけなければなりません。その際に、基礎疾患のある構成員や家庭環境への配慮、またそのプライバシー保護など個別の事情に十分に配慮してください。

 

感染症の影響と今後の見通しを述べます。感染症の専門家の見解では、感染症防止の決め手となるワクチンや効果の大きい治療薬の開発には、数年かかると予想されています。また、集団免疫が獲得されるまでにも長期間を要します。それまで何度も流行が繰り返される可能性が指摘されています。私たちは、活動制限レベルが再び引き上げられることを覚悟しなければなりません。レベル2での活動は、感染症の第二波への備えをキャンパスで進められる貴重な時間と捉えるべきです。研究活動を一歩でも二歩でも前に進めながら、第二波へ備えてください。例えば、少人数で研究を進めるための自動化など、対策を検討してください。これは、将来、別の感染症に対する予防という観点からも役に立ちます。

 

次に、研究の管理体制を説明します。研究開始の許可は、レベル3では部局長が出しましたが、レベル2では専攻長、レベル1以下では研究室の主宰者が出すことになります。緊急時には、経験していないことが次々に発生し、事態も刻々と変化します。工学系研究科のような大所帯で、これまでのように全専攻と議論を尽くした上で意思決定をしていたのでは、変化のスピードに対応できません。この事態に対応できる唯一の方法は、基本方針に沿って、多様な学術分野のそれぞれに最適な解を、分野の専門家が自分で見つけ出していくことです。そこで、「健康・安全・個別の事情への配慮」という基本方針に沿って、各専攻における裁量で柔軟な対応をお願いします。

 

この背景にある「学術とインクルーシブ社会の関係」について説明します学術を支える根幹は一人一人のオリジナルな考え方とその多様性にあります。オリジナルな考えを追求している構成員がいる限り、切り捨てられてよい分野はありません。大学は、教職員や学生の皆さんの個性をお互いに尊重し、応援しあう組織であるべきです。困難にあるときこそ、大学は真っ先にインクルーシブ社会を実現するために立ち上がる必要があります。

 

この目的を達成するために、執行部は職員とともに、ITインフラの整備や消毒用アルコールの物資供給など後方支援に回って力を尽くします。専攻長の皆さんは、専攻の個性豊かな構成員一人一人を大切にし、専攻長の裁量でルールを柔軟に運用してください。ご自身の判断で正しいと思う措置を躊躇なく講じて下さい。そして、構成員の皆さん、何よりも大切なのは、一人一人が仲間を思いやる気持ちです。お互いの立場を尊重し、自分の役割に自ら責任を持つことです。

 

教職員の皆さん、ここで教育現場を支える皆さんへの感謝を伝えたいと思います。研究室は閉鎖されましたが、オンライン講義は予定通りに開講されました。教員の皆さんの教育への情熱と執念に圧倒されました。一方、キャンパスでは、限られた人数でいろいろな作業が継続されていました。工学系では支払い業務が一つも滞らず、新規採用の手続きが一つも遅れることがありませんでした。また、リモート人事投票システムなど在宅勤務のための整備も、皆さんの努力で進められました。工学の研究教育は、何と素晴らしい仲間に支えられているのでしょうか。私は、皆さんと共に働くことを誇りに思います。

 

学生の皆さん、モニターを通してしか会えない皆さん元気に過ごしているのか心配しない日はありません。オンライン講義を開始した際、ルータなどの通信機器を配布しましたが、その後、不具合はないでしょうか。オンライン講義がしばらく続きますが、レベル1で活動規制が下がると、「国家試験等に対応するために延期が困難な実習・演習」を始めることができます。もう少しの我慢をお願いします。そして、私が最も心配しているのは、学生の皆さんが経済的な困難に直面していることです。政府の経済支援策が報道されていますが、準備に時間を要します。そのあいだをつなぐため、工学系では緊急学生支援制度を整えて、一昨日から申請者の口座へ振り込みを開始しました。しかし、この制度がすべての皆さんには伝わっていないのではと危惧しています。皆さんは昼夜たゆまぬ努力を重ねて、日本で最難関といわれる入試を突破し、工学を学ぶ機会を獲得しました。困難な状況であっても、卒業まで学び続けることを諦めないでください。経済的な問題に限らず、悩みがあれば、学生相談室や周りの教職員の誰でも良いので、ためらわずに連絡してください。大学は、学生の皆さんのために存在するのです。

 

つぎに、「工学はいま何をすべきか」について考えます。この問いへの答えとして、私は、最初、感染症の検査を高速にする工学研究などを考えていました。勿論、これも重要ですが、多くの議論を重ねる中、工学が社会で果たすべき役割は、私の想定より遥かに大きいことに気が付きました。そして、感染症の影響が長期にわたる状況にあって、「感染リスクを限りなくゼロに近づけながら、人々の活動を限りなく100%に近づけること」こそ、工学が目指すべき大きな目標の一つであるという考えに至りました。人々の活動とは、私たち自身については工学の研究教育であり、工場では生産活動であり、そして今回の感染症拡大で大打撃を受けた飲食業・観光旅行業・文化・スポーツの活動を含めた人間のすべての営みです。

 

若手研究者や学生の皆さん、一緒に未来の工学を考えてください。ウイルスの脅威と戦うためには、医学や薬学の知に加え、デジタル革新を推進して、工学の知を総動員する必要があります。リモート、ソーシャルディスタンス、無人、非接触といった新たな視点が、社会の価値観や工学の在り方をどのように変えていくのでしょうか。未来の工学では、情報や医学など理系の専門知に加えて、政治学や経済学などの社会科学、人間本性に迫る人文学の専門知も工学と融合していく必要があります。若手研究者や学生の皆さん、ぜひ異分野の研究者と積極的に議論してください。そして、柔軟な思考で、将来の工学の方向性を見定めてください。

 

さて、これまで経験したことのない危機に直面すると、人間とは本当に弱いもので、ショック状態のために簡単に思考停止になります。科学的に根拠もない楽観主義に陥り、「ちょっと待てばすぐに社会は元に戻るさ」と思いたくなる気持ちは私も同じです。そして、辛抱強く議論することを放棄して、極端に単純化した二者択一の議論を始めます。例えば、生命(いのち)を優先するのか、経済を優先するのかといった議論は、この典型です。また、自由と管理のどちらを取るのかといった議論も同様です。そして、天才的なリーダーが出現して、正解を示してくれることを期待してしまいます。

 

しかし、そんな二者択一の単純な問いの中に答えを求めてはいけないのです。何よりも未来の選択を、人任せにしてはいけなのです。私たちの未来は、自ら考え、自らの意思によって、自ら切り拓いていく必要があります。特に、ウイルス感染症と立ち向かうためには、一人一人の自覚と責任ある行動が何よりも重要です。そのため、一人一人が自らの意思で決めて、決めたことを確実に実行する必要があります。

 

いま、私たちは、「感染リスクを限りなくゼロに近づけながら、人々の活動を限りなく100%に近づける」という工学の大きな目標を掲げて、新たな挑戦を開始します。そんなことが本当にできるのでしょうか?これは「出来るか出来ないか」の問題ではなく、やり遂げなければ、私たちに将来はないのです。全構成員が一丸となって力を合わせれば、東大工学部・工学系研究科は、社会の負託に応えることができると信じています。ともにこの困難を乗り越え、未来の工学を創り上げようではありませんか。最後になりますが、本日ご参加頂いている皆さんとご家族の健康と安全を心から願っています。