博士号は未来へのパスポート 博士号は未来へのパスポート

博士課程は未来をつかみ取る場所
もがきながらも充実しています

 大学院工学系研究科化学生命工学専攻博士課程1年の上田倫久さんは、長崎県出身。生物と化学が好きで、将来はバイオ系の研究に携わりたいと考えていたという。なかでも生き物の体を形づくる分子を扱う有機化学は、上田さんの心を強く捉えていた。
 この「生物寄りの化学」を学びたいという思いを胸に、東京大学に進学。同様の学問分野は薬学部や農学部にもあったが、授業や学生生活で親しみの深かった工学部化学生命工学科に進む道を選んだ。
 相田卓三教授の研究室を選択した理由について聞くと――。
 「有機化学を生命科学から材料科学まで展開していて、自分の化学の視野を広げられると思った」と上田さん。実際に研究室を見て決めた部分もたくさんあったという。
 「相田先生はオープンでグローバルな視点から研究室を運営しており、留学生を数多く受け入れています。ミーティングも英語で行うなど日頃から英語を使う環境が当たり前です。研究室を“学生が世界へ羽ばたく準備の場にしたい”という先生の考え方にワクワクして選んだのを覚えています」

目の前の研究に没頭したら新しいテーマを発見できた

 学部4年生で研究室に入り、手にした研究テーマは、導電性のらせん高分子ポリマーに関するもの。導電性の低分子をつなげてらせん状の高分子をつくる過程で、たまたま末端と末端がつながって環を形成する分子が見つかった。
 「発見した分子をよく見るとキラリティ*があり、しかも加熱により左右の反転が可能であることが分かりました。そうした動的な挙動を示す分子の物性を見てみようというのが4年生の研究でした」
 発見自体は偶然のもので、上田さん自身も「運が味方してくれた」と振り返る。有機化学の世界では何かをつくる過程で新しいものが見つかり、研究がどんどん派生的に広がっていくのが面白いと話す。
 相田教授からは「チャンスはどこにでも転がっているけれど、常に準備をしているからこそ見つけられるのだ」と励ましの言葉をかけてもらった。研究の楽しさを感じ、大学院への進学を決めた。
 2015年の6月、上田さん(当時修士1年)は米国で開かれた学会のゴードン会議で、この分子に関する発表を行った。そこでスウェーデンの研究者から声をかけられた。
 「それまではこの分子を熱で動かしていたのですが、光でも動かせるのでは? とアドバイスをもらいました。そこから『芳香族性』というキーワードが出てきました」
 帰国後すぐに試してみると、光で動かせることが分かり、スウェーデンの研究者らとの共同研究がスタートした。ちなみに、この研究者の専門分野は計算機化学であり、異なる学問領域の知恵が研究成果にも生かされている。
 「分子の左右が反転するキラル反転反応に着目し、分子が光を吸収した高エネルギー状態(励起状態)の時と吸収していない低エネルギー状態(基底状態)の時の活性化エネルギーをそれぞれ算出、比較しました。これにより、芳香族性は励起状態にある分子をどのくらい安定化させるのかについて、世界で初めて実験的に評価することに成功しました。基底状態での分子安定化効果の議論は昔からあったのですが、励起状態は瞬間的にしか存在しないので議論できていなかったのです」
 この研究成果は、17年7月の「第29回不斉に関する国際会議」でBestPosterPresentationAwardを、8月には学術雑誌『NatureCommunications』に掲載され、9月の「光化学討論会」で王立化学会 Photochemical&PhotobiologicalSciencesPrizeを受賞することとなった。
 上田さんにとって、もともとの興味は生命科学に関する研究だったが、今では材料科学へと対象がシフトしている。
 「研究対象を主体的に選べるところも大学院の良さだと思います」と上田さんは楽しそうに話す。

研究分野が広がるきっかけ「リーディング大学院」

 研究したことが認められるのは、修士、博士を問わずうれしいものだ。上田さんの研究ライフをサポートしたのは「博士課程教育リーディングプログラム」(リーディング大学院)という博士課程前期・後期にわたる一貫した学位プログラム。12年度に採択された「統合物質科学リーダー養成プログラム(MERIT)」の一員として、上田さんは工学、理学、新領域創成科学など、学問領域を横断した学びと刺激を得ている。
 「修士課程1年次後半から博士課程修了まで、月額20万円の奨励金が支給されるのはすごく心強いです。また、化学生命工学以外の物理、電気、材料工学系のメンバーとのグループワークなどを通じて異分野の考え方に触れることができるのは、刺激的なだけでなく視野を広げたという意味で大きいですね」

一人前の研究者として前のめりになって深掘りする

 上田さんにとって、大学院で研究することは、どんな経験になっているのだろうか。
 「学部は確立されたことを学ぶ場ですが、大学院は未知なるものを研究する場。それも前のめりになって自分からテーマを見つけに行くイメージです。その姿勢がないと、チャンスが転がっていても気づきません。修士も博士もその本質は変わりませんが、博士はより一人前の研究者として見られます。見つけたものをさらに深掘りし、実際につかみ取ろうと“もがく”場所が博士課程だと思います」
 そして、何度ももがき、ステップアップし、その度に楽しさが増えていくことを、上田さんは今も実感しているという。
 将来的には、社会に出て科学に関わっていくことを考えているとのこと。最近興味を持っているのは政府系の独立行政法人だという。奨学金や奨励金を受けた経験から、科学の世界を目指す学生や研究者をサポートする側になりたいと考えるようになった。
 「研究者から遠ざかるという意味ではなく、未来をつくる仕事に興味を感じています。僕自身、いくつかの奨学金や奨励金を受けたことで研究に集中できました。その恩を返すことも視野に入れてこれからの道を考えていきたいです」
 上田さんの“もがき楽しむ”日々は、まだまだ続いていく。

研究室で実験中の上田さん
研究室で実験中の上田さん
光化学討論会での受賞風景
光化学討論会での受賞風景
リーディング大学院MERITの海外研修プログラムで訪れたスタンフォード大学化学科にて撮影
リーディング大学院MERITの海外研修プログラムで訪れた
スタンフォード大学化学科にて撮影

 東京大学大学院工学系研究科では、博士課程に進学した学生や若手研究者が、安心して研究に取り組めるよう手厚い経済サポートを行っている。例えば「博士課程学生特別リサーチ・アシスタント(SEUT-RA)」は、博士課程の学生が毎月5万円(タイプB)の支給を受けられる制度である。
 特に優秀な学生には毎月12万円(タイプA)の支給があり、極めて優秀な学生に対しては毎月20万円(タイプS)が支給される。サポート額としては、世界の大学と比較しても遜色ない経済支援制度である。
 民間支援基金の活用により運営されている制度もある。採用されると「奨学金20万円/月」に加え、「研究費100万円/年」が支給(若干名)される。
 このほか、授業の実質的な補助・支援に関わる業務を行う「ティーチング・アシスタント(TA)」は、夏学期と冬学期に分けて学生を募集している。博士課程の学生が採用されると、講義運営をサポートすることで時給1400円が支給される仕組みだ。
 上で登場した上田さんが採用された「リーディング大学院奨励金」は、支給額だけでなく期間も手厚い。奨励金は月額20万円で、修士課程1年次後半からが選考対象になっており、研究生活を実りあるものにしている(ただし、2018年度の募集にて終了)。
 「日本学術振興会特別研究員DC」をはじめ、「東大フェローシップ」「外部資金等によるRA雇用」など、サポートの種類はかなり豊富だといえる。
 18専攻、2附属施設、7附属センターから構成される工学系研究科にはたくさんのチャンスがある。約500人の教員と約200人の事務・技術職員のサポートと合わせて、自分に合ったサポートを選んでほしい。
(2017年11月現在)
(実績は各表を参照)

博士学生経済的支援一覧

  • リーディング大学院奨励金
  • 日本学術振興会特別研究員DC
  • 工学系研究科SEUT-RA
  • 入学料、授業料免除制度
  • 博士課程研究遂行協力制度
  • 日本学生支援機構(JASSO)奨学金
  • 外部資金等によるRA雇用
  • 民間奨学金
  • 東大フェローシップ
  • 東京大学外国人留学生支援基金
  • 国費留学生奨学金
  • 外国政府派遣留学生奨学金
  • 日本学生支援機構(JASSO)学習奨励費
  • アジア開発銀行(ADB)奨学金

※工学系研究科の多くの博士課程学生は、博士課程教育リーディングプログラムや日本学術振興会などの経済支援制度を利用しています

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