東京大学工学部

ENGINEERING POWER 東京大学工学部ガイド[エンジニアリングパワー] - 東京大学工学部

いま目指すべき工学の在り方

震災を経て、日本の工学は新たなステップを踏み出そうとしている。現場で積み上げることで気づかされたのは、ネットワークづくりの大切さ。そして見えてきた次世代の工学が目指すべきビジョン。「エンジニアリング」から「社会デザイン」へ

「3・11」という現実に工学は何ができたか

「アンラーニング」という、ヘレン・ケラーが残した言葉がある。日本語に訳すなら、「学び直し」。目の前にある問題の解を得るために、それまで積み上げてきた学問をいったん忘れ、もう一度組み直すこと。そうしなければ対峙できない、困難な問題がある。

2011年3月11日午後2時46分。東日本大震災発生。1000年に一度とも言われる未曽有の災害は、それまでの工学の在り方では解決できない問題があることを、あぶりだした。発生直後から被災地に入った、工学部社会基盤学科の羽藤英二教授はいう。

「役場に行っても、"20人いた職員のうち14人が亡くなりました"という状況。だから、何も動かない......動かせない。だけど、じっとしているわけにはいかない。食べ物を確保したり、計画をつくるための論点はどうするかといった話をしたりする。それが最初の1カ月だった。それからようやく枠組みづくりが始まり、具体的な話がでるようになった。3カ月後くらいだろうか。予算を決め、地域復興に向けたプランに取りかかる。そうなってようやく地域の方々と一緒にやっていきましょう、という話が始まった」

自然発生的に誕生した復興デザイン研究体

東日本大震災という、大規模災害に対して、工学はどのように動けばいいのか?それは本学部の教授や学生の中からわいてきた課題だった。そして震災発生から数カ月が過ぎたころ、復興に向けた取り組み......復興デザインをテーマとして演習が大学院で始まる。そうやって自然発生的に誕生したのが、"復興デザイン研究体"だ。

テーマはいくつもあった。もちろん、被災地の復興デザインも大きなテーマではあったが、それを将来に生かすランドプランを検討することもテーマとなった。例えば「東京2060」だ。

これは首都直下型地震に見舞われた渋谷をいかに復興させるかをプランニングしようというもの。羽藤研究室を中心に、社会基盤学専攻の学生や他大学の建築学科の学生や若手建築家、アニメーションディレクターが集まった。

「すると興味を持った企業が入ってきたり、賛同する人が増えたりした。もう一度、根本からやりなおさなければダメだということは、みんなが理解していた」(羽藤教授)

復興デザインをカタチにするために

復興デザイン研究体が目指しているのは、工学が持っているさまざまな要素・技術を、ソーシャルデザインに落とし込み、ひとつの未来像を描き出すこと。もう少し言い方を変えると、まず集積したデータをもとに理論を構築する。2番目に、それをもとに未来像を設計する。そして最後に、描いたものを実際の地域に落とし込んで検証し、実施していく。この3つの工程を工学のひとつのカタチとして統合し、考えていこうということだ。

これを現実にあてはめた取り組みが、すでに始まっている。

復興デザイン研究体を中心に、地震と津波による被害の大きかった岩手県陸前高田市や大槌町の復興プランが進む。住民とのワークショップで意見を交換しながら、地域の求めに応じつつ、未来を見据えたプランづくりだ。

災害が発生する前に対策を検討する〝事前復興〟の取り組みも始まった。前述の「東京2060」や南海トラフ地震を想定した静岡市をモデルとした、復興プランの策定である。

復興デザイン研究体の主体となっているのは、工学系の学生であり、エンジニアだ。しかし、ポイントは工学系以外の専門家が加わっているところにある。農学や情報、法学、経済学や自治体、企業などと連携し、被災地や事前復興に取り組む。そこに、これから工学が目指すべき姿が示唆される。

震災以前はそれぞれの専門家が個々に考えていた。例えば新たなモビリティを考える場合、クルマはクルマ、インフラはインフラの専門家が別々に考え、それを合わせるという考え方だった。しかし、それでは新しい都市デザインは描けない。モビリティを考えると、さまざまな技術が絡み合う。機械制御をつくるグループがある。それを管理・マネジメントしていくグループがある。さらにエネルギーの最適化を検討するグループも必要だろう。マイクロシミュレーションということであれば、都市工学や社会基盤学を学んでいるスタッフが必要だ。もちろんそこにはビッグデータを集め、それをもとに人の交通ニーズを把握し、適切なモビリティを適切なインセンティブでコントロールする必要性も出てくる。

これを本学の工学部学科に当てはめると、機械工学、社会基盤学、機械情報工学、システム創成学、都市工学などがトータルで取り組むことになる。

「これが21世紀の大きなチャレンジだと捉えています。これを乗り越えなければ、エネルギーや災害といった難題に対処することができない。もはや個別最適では難しいのです。総合的な工学として社会と一緒になって実践していく。その中で学生も育てていければ、次の時代の研究者やエンジニアとなりえるのではないかと思います。それもまた、復興デザイン研究体の大きな主旨なんです」(羽藤教授)

これからの工学が立ち向かうもの

災害というのは、なまものだ。そこを考えなければ、その地域にあった復興プランをつくることはできない。例えば、災害で壊滅的な状況となった地域にいって、"そこに新しい環境都市をつくろう"ということは言える。しかし、できるかと言えば、それほど簡単なことではない。その地域に入れば、そこには親や子どもを亡くした人がいる。そういう人たちと一緒に、やっていかなければならないのだ。

「メンタルな部分の話です。工学の話かといえば、そうではないかもしれない。しかしエンジニアというのは、そういうことをわかった上で、社会が必要としているものを提示しなければならないのです。だから、復興デザインというのは、解ける問題を解くのではなく、解けない問題を解かなければならないことなんです」(羽藤教授)

解けない問題をいかにして解くか

2020年、東京でオリンピックが開催されることが決まった。被災地の復興デザイン、首都圏直下型地震に備えるための事前復興のプランニングに加え、東京オリンピックを契機としたグランドデザインを描く必要がある。

テーマは多面的だ。「コンパクトなオリンピック」を標榜する中で、例えば、どんな移動手段を構築するのか、ということを考えなければならない。首都高速に〝オリンピックレーン〟をつくるのか、とか。そして同時に首都圏直下型地震を見据えた事前復興のプランニングも行われている。こういった多面的なテーマに取り組むためには、どうすればいいか。復興デザイン研究体が導きだした方向性は、「有機的なネットワークを構築する」ことだった。

具体的に言うと、個別の最先端の研究者の対話の中から、もう一度、どういう解決策があるかを考え直すことだ。そして、どのように組み合わせてシステム化していくかも考える。〝そのシステムは地域に受け入れられるのか?〟〝いつまでにやる?〟。そういうことを意識しながら、それぞれの専門家が有機的につながり、そして自らのミッションを行う。その結果出てきたものを提示して、社会からのフィードバックを検証する。さらに、このネットワークにいるのは、研究者やエンジニアだけではない。行政担当者や一般市民もいる。だれでもやる気のあるものがつながることで、できあがるネットワーク。新しい工学というのは、そんなつながりの中から生まれてくるものではないか。そうすることで被災地に限らず、日本やアジア、そして世界が置かれている状況に対して、感度のよい研究が現場に落とし込まれ、それぞれの都市での社会実験を繰り返しながら、社会のトータルデザインがなされていくのだろう。