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ENGINEERING POWER 東京大学工学部ガイド[エンジニアリングパワー] - 東京大学工学部

東京大学で工学を勉強する学生にとって大きな進路の分岐点となるのが「博士課程に進むかどうか」。東京大学大学院工学系研究科で博士号を得た上川裕子さんは、世界を舞台に研究活動を続けてきた。「博士号は人生の選択肢を広げるもの」と言う上川さん。この言葉の意味するところを語ってもらった。

スペシャリストとして自分の人生を歩みたい

博士号をおおいに活用し、研究者として世界を舞台に活躍しているのが東京大学大学院工学系研究科博士課程修了者の上川裕子さんだ。いまは文部科学省「世界トップレベル研究拠点」の大阪大学免疫学フロンティア研究センタで先端研究の最前線を走っている。

上川さんは高校時代、未来の自分のあり方を考え、「どんな分野でもよいのでスペシャリストになりたい」という目標をもった。入学後しばらくは専門分野を絞り込まなくてもよい東京大学を目指し、合格を果たした。学部1〜2年の教養学部時代、目に見えない分子の変化でモノがつくられていくことの興味から有機化学を志し、工学部へと進んだ。

「工学部と理学部の違いはあまり考えませんでした。工学部の先生が明るい印象だったからという偶然の要素も大きかったかも」と上川さんは話す。

学部4年から化学生命工学科の加藤隆史教授の研究室に入り、生きものにあるアミノ酸や核酸などの生体分子から液晶材料をつくる研究を始めた。生きもの由来の材料には、土や水の中で微生物に分解されるといったよいところがある。生きものと同じように、刺激に応答して動き、形を変える材料を化学的につくり出す研究を進めた。

修士課程は、その後の自分のキャリアを決めていく大切な時期。上川さんはすでに博士課程へ進むことを決めていたという。

「学部での卒業研究が楽しくて、研究職でスペシャリストになろうと考えました。修士課程を修了して社会に出てもまだ実力が足りない。博士課程に進学した女性の先輩の姿も参考にして、私もと決めました」

上川 裕子(かみかわ・ゆうこ)

上川 裕子(かみかわ・ゆうこ)

2007年3月、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 博士課程修了、博士号(工学)を取得。5 月よりオランダのアイントホーフェン工科大学で研究。’09 年 1 月、日本ロレアル研究開発センター研究員。'12年4 月に大阪大学へ。免疫学フロンティア研究センター特任研究員。'13年4月より未来戦略機構(免疫学フロンティア研究センター兼任)特任助教。

舞台は東大から世界へ 国内外、産学の研究経験

博士課程は修士課程とどこが違うのだろうか。上川さんは、一人前の研究者として扱われることをあげる。「教わる立場から自分で考える立場へと変わります。それに、研究内容の質そのものが評価されるようになります。投稿した論文に厳しいコメントを受けることだってありますから。まだ卵ながら、自分は研究者なのだという実感がわきます」

博士課程では、研究開発の対象も、液晶からポリマーやゲルといった、より広い材料になった。「機能性超分子材料の創製」というテーマで博士論文を書き、2007年3月に博士号を取得、東京大学大学院を修了した。

「博士号は、世界を自由に動きまわるための道具。パスポートのようなものだと思います」

こう話すとおり、上川さんのその後の歩みは世界を股にかけるものだった。

まず、〝ポスドク〟とも呼ばれる博士号取得研究員として、オランダのアイントホーフェン工科大学へと渡る。加藤教授の友人バート・マイヤー教授のもとで、医療材料をつくる研究に取り組んだ。ワークライフバランス先進国として知られるオランダの、効率的でシステマティックな研究体制にも興味をもったという。

帰国後は、化粧品世界最大手のロレアルに就職し、ヘアカラー製品の研究開発に携わった。企業にとって欠かせない、利益を生むという観点からの研究にも興味をもって取り組んだ。

'11年には関西で同じく研究者として働く男性と結婚した。しばらく〝別居婚〟状態だったが、上川さんは関西での研究活動の場を求めて大阪大学へと移った。免疫などの体のしくみをイメジとして観察するための研究を行っている。スペシャリストとして、生体を直接的に扱う技術をここで高めようとしている。

博士号取得は目的ではなく手段

「博士号があれば、世界のどこへ行っても、自分は研究者としてこういうことができます、と通用します」

上川さんは、国内外の研究のあゆ美を通して、博士号は人生の選択肢を大きく広げるものだと実感している。

一方、博士課程進学のデメリットに金銭面の負担があったが、東京大学は'08年より授業料免除対象者を大幅増員するなど博士課程経済支援体制を拡充中だ。また、原則として博士課程の学生全員が最低月5万円(優秀者は12万円)の支給を受けられる工学系独自の経済支援制度もある。

キャリアパスとしての進路は多様化し、自分の立てた目標に挑める場所もグローバル化している。だからこそのエールを、上川さんは未来の研究者たちに送る。

「博士号を取るのは目的ではありません。博士号を取って何をしたいのか、どんな研究者になりたいのかを明確にしていれば、きっと博士課程は自分を鍛えるための濃密な時間になると思います」