東京大学工学部

ENGINEERING POWER 東京大学工学部ガイド[エンジニアリングパワー] - 東京大学工学部

「医学×工学」で広がる可能性 佐久間一郎教授 バイオエンジニアリング専攻 精密工学専攻 工学博士

医療現場に貢献する学問は、医学部だけのものではない。日本の先進医療技術を支えるのは、高度な医療機器の開発や細胞の解析技術の構築など、工学に拠るところも大きい。
 そこで、工学系研究科が取り組む、医療×工学の連携について、医療福祉工学開発評価研究センターのセンター長である佐久間一郎教授に話を聞いた。

医療現場とエンジニアが相互の声を聞き合うことで新たな可能性が生まれる

「東京大学の工学部は、他の国立大学にない特性があります。それは、附属の大学病院が、歩いて行ける距離にあるということです。些細なことかもしれませんが、これは医工連携によって医学・福祉の現場にさまざまな可能性を生んでいる今の東京大学の状況を象徴的に物語っているように思えます」と、佐久間一郎教授。実際、工学部の学舎と医学部附属病院の間を、分野の垣根を越えて研究者が行き来する様子が当たり前のように見られるという。

「医学者と工学者は、まったく別の専門性を追求しているように見えて、実は目的や指向は似たところにあります。医学も工学も、『病気を治す』『福祉に貢献する』という目的は共通であり、その実現のため、私たちはさまざまな可能性に挑戦しています」

病院に行けば、治療目的に応じた多くの医療機器が置かれていることからもわかるように、現代の医学は工学の研究・技術なしには成り立たない。

「医学に対する工学の役割は、治療を目的とする医療機器の開発のみにとどまらず、さまざまな分野に広がっています。例えば、ある創薬研究において、薬効を調べるために実験動物の末梢血管での血流を測りたいという意見がありましたが、適当な計測器がなく、あきらめているということがありました。その話を聞いた私たち工学部の研究グループが超音波を使った測定機器を提案したところ、その創薬研究が大きく進展しました。超音波計測が創薬の基礎研究に役立つという発想は、医療や創薬の研究現場だけでは出てこなかったものでしょう。医工連携プロジェクトは、『病気を治す』だけでなく、『病気を知る』ことにも貢献したのです」

高度な技術に汎用性を与えより優れた機能を実現する。それが工学の使命のひとつ

日本は世界でもトップクラスの長寿国である。だが、命は永遠ではなく、ほとんどの人が病に倒れて医療機関の門をくぐる。さらに今後、患者の年齢層は高まる一方で、医療の高齢化対策が重要になる。佐久間教授は、工学による「体を衰えさせない技術」や「衰えや疾患の回復を促進する技術」の開発にも大きな可能性を感じているという。

「最近、私たちがよく議論しているのは、家電製品のインタフェース。人間の心理や生理を考慮に入れて製品設計された家電製品が数多く登場しています。工学技術を使えば、それと同じことを医療や福祉の現場で実現できるのではないかと考えているのです」

例えば、これまで大きな病院にしかなかった医療機器やリハビリ機器を、小さな福祉・介護施設などにも置けるようにすれば、世の中はよりよい方向に進む。さらに技術が進めば、病院でしかできなかったことが在宅でもできる未来がやってくるかもしれないのだ。

「『熟練した人間のみが可能であった技術を誰もが扱えるようにし、さらには熟練者が達成できる性能を超えたものを実現すること』は工学の大事な理念です。これは昭和8年に日本の精密機械工学の先駆者である大河内正敏先生が述べています。高度な技術に汎用性を与え、コストダウンと信頼性の向上を図り、より優れた機能を実現することが工学の使命のひとつです。ただし、医学との結びつきでは、より高い安全性が求められ、慎重に研究を進めなければなりません」

近年、科学の世界では、科学と人間との調和を図る「レギュラトリーサイエンス」という考えが重視され、科学技術の成果を正しく評価し、人々の生活に役立つものにするコンダクターが求められている。そして医療と工学の連携も、その考えに沿って進んでいる。医のわかる工学者、工のわかる医学者が手を結び、よりよいインタフェースを探求し続けることが重要だ。

「もちろん、異分野間の連携に障壁がないわけではありません。例えば用語ひとつとっても、医学と工学ではその言語の意味するところがまったく異なるということがよくあります。工学で『エーアイ(A.I.)』といえば、ArtificialIntelligence、人工知能を指しますが、医学分野では別の意味をもつことがあり、AutopsyImaging、死亡時画像病理診断を意味することもあります。医工連携に携わるということは、学ぶべきことが2倍になるとも言えるのです。しかし、見えない壁を取り除いていく努力を続けていけば、社会への貢献度はますます高くなるでしょう。もともと東大工学部は、材料工学、デバイス工学、ロボット工学など、精度の高い技術と専門性を持っています。その強みを活かして、さらに医療・福祉の可能性を広げていきたいと思います」