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ENGINEERING POWER 東京大学工学部ガイド[エンジニアリングパワー] - 東京大学工学部

光量子コンピュータの研究で最先端を走る物理学者が古澤明教授だ。その古澤教授が明言する。 「東大工学部の学生は世界でもっとも優秀。これほど基礎学力を持つ集団はいない」と。では、その東大生が学ぶべき工学とは何か? 世界と戦うトップランナーだからこそ伝えられることがある。 「東大工学のすすめ」。それは、なぜ工学を学ぶのか? という問いかけでもあった。

工学部で人生の力の源を学ぶ。

「工学部 古澤明教授」という言葉をインターネットで検索にかけてみる。ヒット件数は膨大だ。そしてそこには、研究テーマである「量子テレポーテーション」とともに、かなりの頻度で「世界初」という言葉が上がってくる。すごくセンセーショナルにも響くが。

「よく新聞などにも書かれますけどね。〝東京大学の古澤教授、(世界初の)瞬間移動に成功〟とか。あれ、間違いです(笑)。相対性理論に反しますから」

量子テレポーテーションとは、ある送信者から離れた場所にいる受信者へ量子の情報を転送する技術。従来の通信ではファックスのように送信先にコピーが送られるが、量子の情報はコピーできないので別の方法が必要なのだ。

テレポーテーション=瞬間移動は間違いだが、古澤教授が世界で初めて量子テレポーテーション実験を成功させたのは間違いではない。この分野においては世界最先端を走るトップランナーなのだ。そんな古澤教授だが、驚くことに少年時代から理系の世界に目覚めていたわけではないという。

「理系に進むことを決めたのは、高校生のとき。国語よりも数学のほうが点を取れるという程度でした。進学校だったんです。だから東大を目指すということは特別なことではなかったんですが、もちろん勉強は人並みにしました。理科一類に入ったのは、物理が面白いと思ったからです。

工学部に入ったのはあまのじゃくなところがあるからですかね。理一からは理学部に行って物理をやる人が多かったので、工学部を選びました。マイノリティです(笑)。競技スキーをやっていて、実はそちらに没頭していました。だから研究室も、盛況じゃないところを選んだんです(苦笑)」

しかし、結果的に〝あまのじゃく〟な性格が正しい選択をさせたのかもしれない。

「『工学部』という選択をしたのはよかった。理学部に進めば物理を深く学んでいくわけですが、こちらには高校では習わなかった工学の世界がありました。新鮮で、面白かった。その後の人生の力の源とでもいうのか、若いうちに全部が学べました。

僕が進んだ物理工学科ではディープな物理をやることは当然ですが、同時に、学部の講義で回路学や制御論までの工学の基礎原理を体系的に学べました。実践で使うかどうかは研究室にもよりますが、いわゆるベーシックサイエンスだけでなく、回路学や制御論のような、実際の研究現場で役に立つ幅広い知識が身につきました。こうした知識は、年をとってから学ぼうとしても無理。どのレベルの研究をしようとも、この工学の基礎原理は変わらないと思います」

ものすごく実学が学べるし、ノーベル賞だって狙える。

「スキーをまだ楽しみたい」というフラチ(?)な理由もあって大学院(修士課程)に進んだ古澤教授は、修了後は企業に就職。客員研究員としてアメリカの大学に勤めた。この時、あらためて東大工学部で学んだことの素晴らしさを知る。

「英語には困りました(笑)。10年以上の運転歴があったのに、言っていることがわからなくて、免許の試験に落ちました。ただ、物理とかの実験は僕にとって大変なことではなかった。向こうでは、体系的・総合的に工学の基礎原理を学んだような人はひと握りしかいないんです。名門大学の出身者でも、そのため実験でつまずく人が多いです。

僕は、そこが東大工学部のレベルの高さだと思います。制御論から物理をみるだとか、若いうちに広範囲に体系づけて学べましたから、それが自分の血となり、肉となっていった。手に職がついたわけです。

今の量子情報物理の研究についてもそうで、最先端の研究をやろうと思ったら、最先端のテクノロジーが必要になります。世の中で誰もやってないことをしようとしたら、普通に売っている物を集めてきてできるほど、甘くはないんです。量子テレポーテーションの実験では1万分の1ミリ以下の精度でミラーやレンズを制御しますが、そうした回路の部品の一部も自作です。特許を取得した部品もあります。べーシックなメカもできるしエレキもできる。だからディープな量子力学ができる。競争にも勝てるんです。その下地はやはり東大工学部の教育にあります」

将来のノーベル賞の有力候補のひとりとして、時代の寵児とも言える活躍ぶりをみせる古澤教授だが、その〝人生の力の源〟は工学部での学びにあった。しかし、と古澤教授は言う。学部での学びを最大限活かすには、大学院への進学を勧めたい。

「博士号も、僕は勧めます。僕はまず修士を終えて就職しましたが、当時はメーカーでも同期に2割強しか修士がいなかった。エリートだったんです。でも、今は同じ会社でも95%以上が修士修了者です。

また博士号とは免許証のようなものだと言えます。僕は博士号を取得する過程で、これは山登りだと感じました。頂上に登ったことで視野が広がった。同時に、登山方法を修得したという称号が博士号なんです。東大の博士号はエベレストだと考えます。ここに登頂できれば、どんな山にだって登れるはずです」

企業での経験を積み、海外での経験も積み、そして今、量子テレポーテーションの分野では世界最高峰の研究を続ける古澤教授。自身がスポーツマンだった経験から、研究を野球にたとえて、ホームランを狙えと言う。ホームランを打とうとしてもできない人もいる。でも、ホームランを打てる力があるなら、思いっきりバットを振ろうと。これはある意味、東大工学部で学んだ者の使命かもしれない。東日本大震災を契機として、目指すべき工学の在り方も議論されている。エベレスト登頂を成し遂げた者の使命。

2013年8月、古澤教授は完全な光量子ビットの量子テレポーテーションに成功したと発表した。究極的な大容量通信(量子通信)や超高速コンピュータ(量子コンピュータ)の実用化に向けて突破口を開く成果だった。

「工学部のいいところは、ものすごく実学を身につけることができるし、ノーベル賞を狙うこともできることです。工学部で学べば、メカもエレキもできるようになる。これならどんな会社に行っても、少なくともモノづくりの分野ではヒーローになれますよ」