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栗栖 太 准教授 | 都市工学科

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Profile
工学系研究科 都市工学専攻 博士(工学)
1999年、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程を修了。2007年より、東京大学准教授に就任。微生物によって環境を守る工学技術の機構を解明する研究を行う。分子生物学的手法と化学分析、トレーサー技術を用いて浄化プロセスに関与する微生物の特定と微生物機能の解析を行っている。

現場に残されたヒントを頼りに破壊原因を推理!

精密質量を分析し、分子式を推定する装置。

精密質量を分析し、分子式を推定する装置。

微生物といっても「肉眼では観察できない微小な生物」といった漠然とした定義があるのみで、ミドリムシやゾウリムシなどの原生動物を指すこともあれば、カビや酵母などの真核生物を指すこともある。栗栖太准教授が研究の対象にしているのはさらにミクロの世界に属する原核生物、すなわち細菌(バクテリア)だ。

「人間のような生物のほとんどは、空気に含まれている酸素を取り入れ、二酸化炭素を放出しながら生きています。水棲の魚などの生物も同じです。ところが、細菌の場合は酸素が微量にしかなかった40億年くらい前から地球に生息したものもいて、彼ら(彼女ら?)は我々とは別の方法でエネルギを得ていることが多いのです」

例えば、土壌や地下水の中からトリクロロエチレンなどの有機塩素化合物が検出され、これらが発がん性などの毒性を有することから社会問題となっている。だが、トリクロロエチレンを餌にして、塩化水素とエチレンに分解し無害化してくれる細菌がいて、現在ではそうしたバクテリアを利用した浄化システムが実用化されている。

「微生物の分解能力を利用して汚染物質を浄化することをバイオレメディエーションといいますが、その最大の利点は、低エネルギー・低コストであるということ。小指の先ほどのわずか1gの土壌の中には、10億もの細菌がいるといわれています。その中には、汚染物質を餌にして分解してくれる細菌が必ずいて、それを増殖・活性化させるだけで汚染の浄化が進むのです」

汚染物質を「除去」する方法と比較すると、その利点はさらにわかりやすい。汚染物質を「除去」する場合、汚染された土を根こそぎ掘り起こし、別の場所へ運ぶ。だが、それでは汚染そのものがなくなるわけではなく、移動させただけで、環境に与える負荷は大きく、移送のコストもかかる。

「現在の課題は、人間にとって毒性の強いベンゼンをいかに浄化するかということです。工場やガソリンスタンドの跡地などはベンゼンで汚染されていることが多いのですが、そこに酸素を吹き込むと、ベンゼンを分解してくれる細菌が活性化して浄化が進むことがわかっています。ただ、酸素を送り込みづらい環境である場合も多く、コストもかかってしまう。嫌気的条件下でも分解が進むような方法を考えなければなりません」

酸素の代わりに別の有機物を使って分解を促進させる方法を模索するにあたり、まずはベンゼンを分解する細菌の種類を特定しなければならない。

「実は、どんな細菌が、どのようにベンゼンを分解しているのかはまだ完全にはわかっていないのです。そのため、ベンゼンに汚染された土の中で、わずかに浄化が起こっているところを調べて、そこにいる細菌を一つひとつ分析して浄化システムのブラックボックスを明らかにしています。私たちはよく、見つけた細菌を擬人化して、『彼』とか『奴ら』などと呼んでしまいますが、じっと見つめていると感情移入してしまうんですよ(笑)」

人間が地球環境と調和して生きる方法

外界から余計な酸素が入ってこないよう、実験は密閉された環境で行う。

外界から余計な酸素が入ってこないよう、実験は密閉された環境で行う。

微生物による汚染浄化(バイオレメディエーション)の技術は、土壌だけでなく、下水などの汚染された水の処理にも活かされている。

「下水は、固形物を沈殿させたり、ろ過したりする浄化方法以外にも、微生物の働きによって汚染の原因となる物質を分解するという方法があります。それによって現在の下水は、ずいぶん浄化された状態で川や海に流されていますが、下水処理工程では浄化しきれない物質もわかってきています。例えば、人間が排出する女性ホルモン。環境ホルモン物質が騒がれたときに、その原因物質の特定が行われ、皮肉なことに都市の河川においては人間由来の女性ホルモンが最も影響が大きいことがわかりました。下水処理では、女性ホルモンは除去されたりされなかったりするのですが、なぜそのような違いが出るのかはわかっていません。そこで、我々は下水処理工程で女性ホルモンを分解する微生物を特定し、どのような条件で除去が進むのかを調べています」

こうした技術が進めば、汚染された下水を浄化して、再生水としてあらためて利用することも可能だ。すでにトイレで使用する水などには再生水の導入が進んでいる。

「日本は水資源の豊富な国。でも、その資源は残念ながら無尽蔵ではありません。その限られた資源を有効に使う技術は、水資源が豊富でない多くの諸外国でも求められています。より多くの人が安心して暮らせるよう、汎用性の高い技術の開発が急がれます」

そもそも栗栖先生が研究者になったきっかけは、科学の力を使って汚染されたものをきれいにするということに引き付けられたからだという。

「人間は、生きているだけで地球環境に負荷を与えてしまう存在だと自虐的に言われることがありますが、人間が地球環境と調和して生きていく方法を見つけるのは、不可能なことではないはずです」

微生物による汚染物質の浄化の研究

土壌汚染の現場で試料採取

この現場は、クロロエチレン類が微生物によって浄化されているところで、ここでベンゼンの分解が行われないかの調査をしている。地上に等間隔に並んでいるものが浄化資材である有機物 を注入する井戸。

女性ホルモン分解細菌を特定

人間から排出される女性ホルモンも下水に含まれていて、環境ホルモンとして問題となっている。RI標識女性ホルモンと、DNAプローブを使って下水処理施設の女性ホルモン分解細菌を特定する。

質量分析計で精密にデータを採取

再生水の分析に使用している精密機器は分子量を精密に計測する機械で、コンマ以下4桁までの精密質量を計測できる。接続されているモニターには分子量だけでなく、分子式も表示されるという画期的な機械。

最近を目で見る光学顕微鏡

細菌は、顕微鏡で1000倍に拡大すれば、目で見ることができる。DNAを着色して、サイズ、形態などを観察す る方法もある。さまざまな技術の進化により、細菌のしくみは少しずつ明らかにされている。

研究室学生インタビュー

成果が出るたび、社会に貢献したと実感し、うれしくなります

塩水環境制御研究室 舛本弘毅さん Hiroki Masumoto 東京大学大学院 工学系研究科 都市工学専攻 博士課程2年

生き物と環境に興味があって、都市環境工学を学び始めたという舛本さん。しかし、もっともシンプルな生き物である微生物を相手にする研究は、苦労の連続だとか。

肉眼で見えない微生物を相手にするのは大変ですか?

もちろんです。気になる女性に趣味や好きな食べ物が何なのかを聞き出す以上に難しいことです(笑)。そもそもどこにいるかさえわからないことが多いし、じっと観察していてもどんな生物なのか、どんな性質をもっているのか、理解するのは容易なことではありません。中には、300日くらいずっとデータをとり続けて、ようやくその存在を見つけられる細菌もいたりして、彼らとつき合うには根気がいるなあと実感しています。

舛本さんは、どんな微生物が好きですか?

私が今、「こいつがベンゼンを食べているのでは?」と目星をつけて追いかけているのは「HASDA‐A」とい う種類。微生物というより、DNA解析によって明らかになった遺伝情報名なんですが、この中から細菌が特定できれば、私たちの研究は大きく前進します。出会える日がいつになるのか、まだまだ先は見えませんが、やるべきことをコツコツと積み上げていくしかありません。細菌などの微生物は、犬や牛などの大きな生物と比べて、反応が正直です。有機物を分解する能力には適性があって、それに従って餌を与えれば必ず食べてくれます。ヘソを曲げておかしな反応をするようなことはなく、こちらの努力に正直に応えてくれます。

研究を通じて、やりがいを感じるのはどんなとき?

汚染した土や水のサンプルを採取して、その浄化方法が見つかったときは、社会に貢献できた手応えを感じま す。そもそも私が地球環境に興味を持ったのは、母の影響が大きいんです。 私がまだ幼かったころ、近所を流れている鶴見川が環境基準を超えて汚れていることが問題になりました。母はそれが自分だけでなく、子どもにも影響を与えることを心配していました。環境をよくする研究は、地球に住む人間にとって絶対に必要なこと。ひとつでも多くの成果を出したいですね。

3年前は、牧場で
牛の飼育をしていました

学部を卒業後、牧場に就職して、牛の飼育をしていたときの写真です。子牛たちはかわいかったけど、やは り微生物の研究がしたくなって、研究室に戻ってきました。

子どものころから動物が好き。これ、僕の愛犬です

子どものころから家で犬を飼っていました。昔から動物は大好きなんです。無精で面倒なことが嫌いな性格 の僕でも、犬の世話はきちんとやります(笑)。

学会での研究発表では
期待されているのを感じます

これまで、日本水環境学会や日本微生物生態学会といった学会で、研究成果を報告してきました。ベンゼンの分解に関する研究には、大きな期待がかかっているのを感じます。

スノボや飲み会、
イベントも活発です

研究室の仲間と時々スノーボードに出かけます。栗栖先生はかなりの腕前で、こういう集まりはとても楽し いです。スノボだけでなく、栗栖先生のお宅で飲み会をしたことも。

国際交流も盛んな
「実験準備室」

実験準備室という部屋があり、そこで研究室の仲間とコミュニケーション。写真に写っているのはタイから の留学生。仲間たちとたこ焼きパーティーをしたりもします。

研究室の垣根を越えた
コミュニケーション

実験室は、設置されている機器によっていくつかの部屋に分かれています。他の研究室の学生と一緒に使う こともよくあって、分野の違う研究の話を聞くと刺激になります。

都市工学科

都市工学に課せられた命題は、都市問題・環境問題の全体的機構を認識・把握し、問題に対処する有効な工学的技術や実践的方策を展開することである。都市的生活領域の拡大やその影響の増大にともない、対象とする領域は都市のみならず、農山漁村を含む地方圏や国土全体、地球全体におよぶ。このような視点から、都市工学科では、工学技術に基盤を置きながら社会科学・人文科学とも密接な関係を保ちつつ、専門教育・研究を実施している。