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大澤幸生 教授 | 工学系研究科 システム創成学科

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Profile
工学系研究科 システム創成学専攻 博士(工学)
1995年、東京大学工学研究科で工学博士を取得後、大阪大学基礎工学研究科助手、筑波大学ビジネス科学研究科助教授、科学技術振興事業団(現・科学技術振興機構)研究員、東京大学情報理工学研究科特任助教授、同大学院工学系研究科システム量子工学専攻助教授、同システム創成学専攻の准教授を経て、2009年7月より現職。

真に有効なビッグデータの活用方法を創出

模造紙に掲げられたイノベーションゲーム®。

模造紙に掲げられたイノベーションゲーム®。

大澤幸生教授は2000年に「チャンス発見学」という新分野を創始した。きっかけは1995年に起きた阪神淡路大震災だという。

「人びとが精神的にも経済的にも苦しんでいるのを目の当たりにしました。いかに災害が人の生活を蝕むか、そのインパクトが強烈にあり『地震の理解をしたい』と思ったのです」

地震の予測をするためのデータマイニング(大量のデータから有意義な情報を抽出する技術)について過去の文献を調べてみたところ、そのような文献は見つからなかった。

「地震を理解するためには、1回や2回しか起こらない稀な事象に注目することが必要です。しかし、稀にしか起こらない事象は、統計的に重要ではないので、既存のデータマイニングでは取りこぼされてしまったのです。〝稀だけど重要な事象〟にいかに気づくか。それが〝チャンス発見〟の本質です」

隠れたデータを可視化。ゲームでアイデアを導く

稀だけど重要な事象、つまりチャンスを発見するための方法として、大澤教授がまず考えたのがデータの可視化だ。’98年、「キーグラフ」というアルゴリズムを開発した。実際、阪神淡路大震災や’07年に起きた新潟県中越沖地震について、大澤教授はキーグラフの手法を用いて事前のデータからリスクを可視化し、研究会などで発表していた。

「ただし、これを〝予測〟と言ってはいけません。データは表層的な情報にすぎず、その情報から人がチャンスを捉えて判断する仕組みこそ本質なので、私は〝チャンス発見〟といっています。これまで特に注意していなかったけど、ここで大地震が起きたらどうするかという、見逃されそうな部分に人の注意をもっていくことがチャンス発見学では重要なのです」

さらにチャンス発見をこう説明する。

「スーパーにビールを買いに行ったとします。スルメが並んでいたのでほしくなったが、1枚1000円もするのでやめて、100円のスナック菓子を買いました。この場合、お手頃なおつまみは売れるのでデータとして残りますが、高いスルメは売れないのでデータには残りません。でも、おかげでスナック菓子を買ったのだから、この1000円のスルメは重要な役割をしていることになります。データには残らないものが、人の意思決定に重要な影響を及ぼしているのです」

スルメに人の注意を向けさせるための計算アルゴリズムがキーグラフだ。キーグラフの内部処理は、頻度の高いものや、一緒に起こるようなものをひとつの〝島〞にかためるもの。先の例では、ビールやおつまみは同じ島として括り、他の商品も同じように島をつくっていく。すると、島と島の間にあるスルメなどの稀にしか売れないものが存在しているのが目で見てわかる。

さらに、可視化したチャンスの中から、〝真のチャンス〞を人の力で引き出そうと大澤教授は考え、キーグラフの上でコミュニケーションを行う方法を考えた。これは「イノベーションゲーム®」という手法で、10人程度のプレイヤーがディスカッションを通して、各商品がどういう役割をしているかを考える。その過程で発見されたチャンスから、消費者のニーズに応じた新しい商品やサービスのアイデアを導き出していく。人のもつイノベーション思考力が存分に発揮される作業だ。

「実際のデータとしてまったく存在していないところにチャンスを発見する方法も’05年に開発しました。現実には起こっていない事象なので〝おばけ〞ですが、潜在的にヒット商品になる可能性を秘めています」

ビッグデータに埋もれた価値ある情報を引き出す

研究室に教授と学生が同居。とても近い距離感。

研究室に教授と学生が同居。とても近い距離感。

最近は、イノベーションゲーム®でビッグデータを扱う方法を開発した。

「マスメディアでビッグデータという言葉がよく取り上げられていますが、これは危険な言葉です。企業などさまざまな組織が、有益な情報があるかもしれないと思ってデータをため込んでいる。でも、そのデータをどうしていいかわからないと言っている人が多い。このままでは、データがぶくぶく太るだけで、ピッグ(豚)データとなり活かされません。大変もったいないので、何とかしたいと思い、『データジャケット』という方法を考えました」

CDのジャケットと同様に、中身は見せずに表向きのアウトラインだけを示せば、手持ちのデータをオープンにしないで済む。このデータジャケットを用いてキーグラフを作成し、イノベーションゲーム®を行う。

最近、原子力システムに関連する専門家が提出したデータジャケットを用いてイノベーションゲーム®を行った。プレイヤーは4人の原子力専門家を含めて13名。システム設計や自己修復の仕組みのアイデアを出し検討した。

「アイデアが出てきた段階ですが、現在はこれを分析して、本当に役立つかどうかを実証しています。また、イノベーションゲーム®で出てきたアイデアを実行に移すための研究も進めているところです」

〝チャンス発見を社会で役立てるためのツールはさまざま

隠れたチャンスを発見するためのキーグラフ

通常のデータマイニングでは、ある一定以上の頻度で起こる事象しか扱われず、稀にしか起こらない事象は取りこぼされてしまう。キーグラフは、そうした稀にしか起きない事象を可視化し、人の注意を向けさせる。

有用なアイデアを導くイノベーションゲーム®

キーグラフの上で、10人程度のプレイヤーがイノベーションゲーム®を行い、新しい商品やサービスのアイデアを導く。出されたアイデアはロジックに基づいているため、実際の市場でヒット商品となった提案も多く出ている。

秘密保持を可能にするデータジャケット

データのアウトラインだけを表示したデータジャケットを用いて、イノベーションゲーム®を行うことで、データの持ち主たちは中身を隠したまま、それぞれのデータの有用性や活用のしかたを検討することができる。

アクションプランニングで実現可能性を考える

イノベーションゲーム®で得られたシナリオをもとにアクションプランを立てていく。実現可能性を考えて、アイデアを実行に移すためのツール。左ページに登場する早矢仕さんが大澤教授とともに研究に取り組んでいる。

研究室学生インタビュー

研究で扱う手法が実生活で活かせることを感じています

大澤研究室 早矢仕晃章さん Teruaki Hayashi 東京大学大学院 工学系研究科 システム創成学専攻 修士課程2年

研究のかたわらボーイスカウトにも熱心に取り組んでいる早矢仕さんは、モチベーションをもって充実した学生生活を送っている。

大澤研究室を選んだ理由を教えてください

ボーイスカウトに入っていることもあって、人間社会の背後にあるシステムに興味があったんです。大澤先生の授業を受け、社会に対してキーグラフというアルゴリズムで切り口を与え、それをもとに人々がディスカッションを通して、よりよいシステムをつくっていくという一連のプロセスに、とても興味をもちました。

先生の指導や研究の方針にも共感しています。普段はなかなか言えませんが、今では父のように信頼している存在です。

どのような研究をしているのですか?

キーグラフやイノベーションゲーム®で出されたアイデアは、そのままでは使えません。アイデアを実行に移していくまでの、アクションプランニングの方法を研究しています。アイデアを単純に膨らませることならすぐにできますが、そうではなく、思考の枠組みや議論の方向性に制約を与えた上で集団でコミュニケーションを行うと、生産性の高いディスカッションが実現することが、研究からわかりました。短歌も五・七・五・七・七という枠組みの中で創造性が発揮されますよね。それと同じです。ディスカッションをするうえでどのような制約条件がより効果的かをさらに調べています。

今後の進路やビジョンを教えてください

博士課程に進学する予定です。どちらかというと飽きっぽい性格なのですが、研究とボーイスカウトは楽しく続けられていますね。また、研究で扱っている手法が、ボーイスカウトで大いに活かせることを感じています。例えば、プロジェクトチームのメンバーや、バングラデシュの現地の人たちとディスカッションをする中で、会話デタをキーグラフで可視化したり、いろんなプロジェクトを組み合わせてアイデアを出したり。僕の研究テーマであるアクションプランニングの手法を活用して、実際にアイデアを実行に移せたらと考えています。

活躍の舞台は世界。
国際学会で発表

米国スタンフォード大学での国際学会で、研究成果を発表。人が何かを選択して行動するときに、視野を広くさせてあげられるような支援ツールも今後つくっていきたいです。

ボーイスカウトの
国際会議にも参加

2012年11月に開かれたバングラデシュでの国際会議。日本代表としてこの会議に参加しました。マネージメントを行う立場となり、研究を活かす場が増えそうです。

大澤教授は
アスリート並み!

早矢士さんが父のように親う大澤教授はマウンテンバイクや水泳で常に体を鍛えているそうです。誕生日に学生たちがプレゼントしたサングラスが多数あり、バイクに乗るときはそれらの中から選んでつけてくれます。

壁やホワイトボードを
埋め尽くすキーグラフ

学生だけでなく事業者やメーカーの人が集まってイノベーションゲーム®を行うことも。できたマップは壁やホワイトボードに掲げ、いつでもディスカッションできる状態にしてあります。

ときには床に座って
議論することも

よりよい議論を実現するための場の追求として、座布団に座ったり、立って議論したり、ときには、寝転がって議論することも。わざと奇妙な質問をする愚人の輪の会も定期的に開催中。

ちょっと雑然くらい
がちょうどいい

研究室の中は、ちょっと雑然とした雰囲気も。しかし、整然と文房具などが並んでいるよりも、いろいろなものが散見されるくらいのほうが、アイデア創出にはプラスとなります。

科学生命工学科

21世紀の人類は、環境問題、エネルギー問題、食料問題、人口問題など人類の存亡にかかわる重大な問題に直面している。解決のためには、もはやテクノロジーを駆使するだけでは不可能であり、立場や利害関係の異なる多くの人びとの複雑なシステムの最適解を求めることが必要となる。システム創成学科は、そのような認識から、理学・工学の知識に加え、社会科学などの知識を集約し、社会の要請に応える解決策を創造する問題解決力を養成することを教育上の最大の目標とする。