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苗村 健 教授 | 工学系研究科 電子情報工学科

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Profile
情報学環/情報理工学系研究科 電子情報学専攻 博士(工学)
1997年、東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻 博士課程修了。2000年〜2002年米国スタンフォード大学客員助教授(日本学術振興会海外特別研究員)。 2013年より現職。アート&エンターテインメント、メディア+コンテンツ、実世界指向インタフェース、ユビキタス情報環境などを研究。光を使ったディバイスを得意とすることから「光の魔術師」とも呼ばれている。

人間×情報×物理の新たな関係をデザインする

展示を通じて社会からフィードバックを得る。

展示を通じて社会からフィードバックを得る。

2013年6月、苗村健教授は日本科学未来館に新たな研究拠点を構えた。未来館の展示フロアでは、苗村教授らが開発した作品が置いてあり、来場者は誰でも体験できる。例えば、『グラフィックシャドウ』という作品では、白く照らされた床の上を歩くと、自分の影がカラフルに映し出される。ポーズをとれば、まるで自分の体でアートをつくっている気分だ。『でるキャラ』という作品では、画面の中のヒヨコが、本物のブロックの上を移動したり、手を差し出せばその上に飛び乗ったりテーマパークのようだ。

しかし、苗村教授が目指しているのは、アートやエンターテインメントの提供ではない。実はこの展示ブースこそが、実験の場になっているのだ。

「私たちは、〝コンピュータの世界と現実の世界をどう混ぜると、人々のアクティビティを活性化できるか〟をテーマに研究しています。お客さんに実際に体験してもらって、その反応をフィードバックすることで、新たなアイデアの創出につなげているのです」

例えば、線を描くときのペンを滑らせる音が大きく聞こえる『エコーシート』という作品がある。このシートを使って、子どもたちに漢字の書き取りをさせると、いつもより多く文字が書けることがわかった。アニメ制作会社がこれに興味をもち、アニメーターに使ってもらうと、「使っていくうちにいい線が描ける音がわかってきて、逆にいい音が鳴るように線を描くようになった」という感想が聞かれたという。いろいろな人に試してもらうことで、単なる作品に留まらず、その人の本来もっている能力を引き出すという新たな価値が見出されたのである。

フィードバックを得ることの重要性に気づいたのは、博士号取得後、スタンフォード大学に留学したとき。デモ展示をしたときのお客さんの反応が、日本とまったく違ったという。

「アメリカで展示をすると、『感動した!』『一緒にやらないか?』というリアクションが返ってきます。展示物からいかにヒントを得て、自分のアイデアをいかに考えたかをどんどんアピールしてくるのです。研究競争としては厳しいですが、非常にエキサイティングな環境でした」

人々の反応が、新しいアイデアや価値を生み出す駆動力になることを実感した苗村教授は、日本に帰ってから展示に力を入れるようになった。「みんなが使う情報技術だからこそ、みんなで共有しながらつくっていきたい。未来館に研究拠点が得られたことは大きな一歩です」

「学生の自主性を大事にしています」と言いながら、コミュニケーションは欠かさない。

「学生の自主性を大事にしています」と言いながら、コミュニケーションは欠かさない。

多人数の中で情報技術をどう活用するか

ワークショップや学会など、多人数が集まる場における情報技術の開発にも取り組んでいる。

「パソコンを使うと、画面の中だけの閉じた世界になってしまいますよね。相手が近くにいるのに、まるで遠隔地にいるような感じになってしまう」

そこで考えたのが、パソコンの背面にもう一つディスプレイを置く方法だ。インターネットで調べている内容を、背面のディスプレイにそのまま映し出す。周りの人はそれを見てもいいし、見なくてもいい。さらに、そのディスプレイに触れると、触った人のパソコンにデータが飛んでいくという仕掛けを組み込んだ。これにより、情報を教えてもらうときにメールでURLを送るといった手間が省けるうえ、「あいつ今、何か情報をもっていった」と気づくことで、会話も増える。

「プライバシーの問題があるので、難しい部分もありますが、常識を打ち破るところが面白いところです」

学会発表で活用できる情報技術の開発も行っている。例えば、聴衆の机の上に「なるほど」「なんで?」「すごい」などのボタンがあり、それを押すと、音声が会場に流れる。わからないことを質問するのは恥ずかしいが、この方法なら匿名性を保ったまま発言することができる。人数が多いほど「なんで?なんで?」と合唱になり、発表者は聴衆の疑問に気づくことができる。一方向になりがちな学会発表の場において、多対一のコミュニケーションが可能になるわけだ。

速くて便利なだけでなく心の豊かさも必要

パソコンやスマートフォンの普及によって、いつでもどこでも誰でも情報ネットワークにアクセスできる「ユビキタス社会」は、もう現実のものになりつつある。しかし苗村教授がその先に思い描いているのは、「パソコンの前でキーボードを打っていたのが懐かしく思える世界」だ。コンピュータの中のバーチャル世界と、実世界との境界が曖昧になり、日常生活の中に溶け込んだ情報技術を自然に活用する、そんな未来を目指している。

「この分野は日に日に進歩していますが、研究開発の競争に勝つことだけでなく、〝人々の心に豊かさをもたらす〞ことも、私たちの研究の大事なポイントになります。無理なく自然にコンピュータに触れられる仕掛けをつくり、それによって人々が笑顔になったり会話が生まれたりすればいいですね」

現実とバチャルをバランスよく混在させるデザイン

影が色とりどりに変化「グラフィックシャドウ」

天井から光を照射しており、床で光の足し算が行われている。人がいると光が遮られ、計算が邪魔されることで、影をつくり出す。コンピュータによる計算ではなく、物理現象を利用するという発想の転換がカギ。

本来の力を引き出す「エコーシート」

下敷きにマイクをつけておくことで、紙に描く音が大きく聞こえるというシンプルなしくみ。描く音が大きく聞こえることで、漢字がいつもより多く書けたり、きれいな線が引けるようになったりする。

画面からヒヨコが飛び出す「でるキャラ」

ブロックを動かすと、映像のヒヨコがジャンプして移動し、現実とバーチャルの境界がわからなくなる不思議な体験ができる。特殊な光学系と情報処理技術の組み合わせでヒヨコが正確な位置に来るように工夫している。

パソコンの背面にディスプレイを置く

パソコンを使っていると、一人だけのバーチャルな世界に入ってしまいがちだが、パソコンの背面にもう一つディスプレイを置くことで、会話が増えるなどリアルなコミュニケーションが生まれる。

研究室学生インタビュー

自分のアイデアをカタチにできるので、やりがいをもって楽しく研究ができます

苗村研究室 西村光平さん Kohei Nishimura 東京大学大学院 学際情報学府 学際情報学専攻 修士課程2年

天使やペガサス、ミッキーマウスまで、折り紙で精巧につくってしまう西村さんは、紙とコンピュータを融合した技術を開発しています。

どんな研究をしているんですか?

僕は折り紙が趣味ということもあって、紙とコンピュータを使った「ペーパーコンピューティング」という分野の研究をしています。紙に描いた文字や絵がパソコンの画面に映し出されるというのはよくありますが、僕がつくった装置は、実際の紙の上で文字を消したり、模様や絵をつけて装飾するという作業を、コンピュータにさせるのです。例えば、友達にメッセージカードを贈るときに、「Happy Birthday」と手で書いた紙をこの装置にセットすれば、コンピュータの操作によって、水玉模様や絵をつけて華やかにすることができます。

こうした研究では、ソフトもハードも両方できる必要がありますが、僕はもともとハードがあまり強くないので、試行錯誤しながら進めていきました。先生や先輩たちの指導のおかげで、今ではハード面もだいぶ上達してきたように思います。卒業後は、電気系のメーカーに就職が決まっています。技術系の仕事に就いて、今の研究が活かせるといいなと思っています。

苗村研究室を選んだ理由を教えてください

研究室を決めたのは3年生の初めくらいです。テレビで苗村研究室が特集されていて、それを見たのがきっかけです。僕は基礎研究より、実際に人が使ったり触れたりするものをつくりたいと思っていたので、テレビで苗村先生の研究を知って、すごく面白そうだなと思いました。

実際、研究室に入ってみると、自由に研究をやらせてもらえるので、やりがいがあります。一人が1プロジェクトを担当するのも、この研究室の特徴ですね。先生からテーマを与えられることもありますが、アイデアを出して先生を説得できれば、自分のやりたいテーマで研究ができます。大変な部分もありますが、わからなければ先生が指導してくれますし、先輩たちもサポートしてくれるので、やる気さえあれば大丈夫です。逆に「研究しろ」とがんがん言われるわけではないので、自主的に取り組むことが大切ですね。

日本科学未来館の展示に
かかわっています

’13年、日本科学未来館で行われた、「現実拡張工房」という苗村教授の展示にもかかわらせてもらいました。不思議な足跡を残す〝フォトクロミック カーペット〞が作品です。

ミーティングのあとは
みんなでランチです

週2回、午前中に行われている研究室のミーティング。それが終わると、だいたいメンバーでランチに行きます。安田講堂地下の中央食堂に行くことが多いですね。

いちばん長くいる場所は
研究室のデスクかも

いまいちばん長くいる場所は、苗村研究室の自分のデスクかもしれないですね。最初は違う場所だったのですが、背面がホワイトボードになっている、この席を狙っていました。

折り紙で東京キー局
すべてに出演しています

趣味が高じて、テレビに出演させてもらったりしています。東京キー局は制覇しました。本も出させてもらっていて、『トイレットペーパーおりがみ』は講談社から発売中です(笑)。

夏休みには研究室の
みんなと旅行に行きます

例年、夏休みに研究室のみんなと旅行に出かけます。旅行係を決め、その係が計画を立てる。最近は河口湖 や相模湖に行きました。この旅行が終わると新学期が始まるんです。

手先は器用なほう。
実験道具も自分でつくる

折り紙が得意と言っているくらいですし、手先は器用なほう。だからはんだごてを使って、実験道具は自作します。日本科学未来館に展示してあるのも、自分でつくったんです。

精密工学科

電子情報工学科では、わが国の実質GDP成長を支える情報通信産業の技術教育を体系的に行っている。コンピュータの原理・プログラミング・情報理論などの基礎から、メディア処理・機械学習・インターネットなどの最先端までを習得する。 実習ではバーチャルリアリティや言語処理系など本格的なソフトウェアを構築し、実践力を養う。さらに電気電子工学科と連携して、環境エネルギー・電子デバイスなどにも精通した人材を育成する。