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塩原 等 教授 | 建築学科

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Profile
工学系研究科 建築学専攻 工学博士
東京大学大学院 工学系研究科建築学専攻教授。主な研究テーマは鉄筋コンクリート構造およびその耐震設計。建設省建築研究所の主任研究員などを経て、2012年には、東京大学大学院工学系教授に。論文「鉄筋コンクリート柱梁接合部の耐震性に関する研究」で、'11年日本建築学会賞(論文)を受賞。'10年より防災科学技術研究所のE-Defenseを使った実験にも参加。

現場に残されたヒントを頼りに破壊原因を推理!

実験でヒビが入った柱と梁の接合部。

実験でヒビが入った柱と梁の接合部。

「私はまあ〝探偵〟みたいなものです」

そう言ってはにかむ、塩原等教授。阪神淡路大震災、東日本大震災を経て、誰もが関心を寄せる建物の安全性。その確立を目指し、次なる大地震が起こる前に、新たな耐震基準の提案を急いでいる。研究室には、日本だけでなく世界の地震、さらに古くは関東大震災に至るまで、さまざまな地震で倒壊した建造物の写真がおさめられた貴重な資料が並ぶ。それにしても、探偵とはどのような意味だろう。

「2001年のアメリカ同時多発テロで、ワールドトレードセンタービルが崩れ落ちました。なぜあのように建物が一気に崩壊したのか、原因を探るために瓦礫や現場の写真をもとに検証が行われました。その結果、航空機がビルに突っ込んだ際に、まず耐火被覆がはがれた。と同時にフロアで大規模火災が起こり、耐火被覆がはがれた部分の鉄の強度が下がって、床が抜けた。そして、連鎖的に上層階から次々に床が落ち、大崩壊......。瓦礫や写真をもとに、崩壊までのストーリーを辿り、決定的な原因が何かを突き止める。ワールドトレードセンタービルの件では、〝耐火被覆が大変重要である〟ということがわかったそうです。こんなふうにして、地震倒壊の現場や残された写真から破壊のシナリオを推理し、さらに実験やシミュレーションにより倒壊モデルを探偵さながらにとことん調べるのが私の研究です」

研究対象は、デザイン性に富んだ建築や特殊な建造物ではなく、巷にあふれるごく普通の鉄筋コンクリートのマンションやオフィスビル。「地震による被害を最小限に抑えるために、多くのみなさんが過ごす普通の建物を、より安全な場所にしたい」と情熱を燃やす塩原教授は、現状もっとも多い鉄筋コンクリート構造の耐震設計を根本から点検する作業を粛々と進めている。

大前提を再点検し耐震設計の常識を覆す

地下の実験室では、大規模な柱梁接合部の倒壊実験を実施。

地下の実験室では、大規模な柱梁接合部の倒壊実験を実施。

特に注目するのが、柱と梁の接合部。2011年には、論文「鉄筋コンクリート柱梁接合部の耐震性に関する研究」で日本建築学会賞を受賞した。

「フィリピン、インドネシア、トルコなどで、地震により多数の死傷者を出した建物の被害写真を見ると、みんな柱と梁の接合部が壊れていました。柱が一本途中で折れただけなら全壊するまでにある程度時間がかかりますが、接合部が壊れると一気に建物が倒壊してしまう。これは非常に危険で、徹底的に原因解明したいと考えました」

柱梁接合部の破壊現象に関しては、過去50年の世界中の研究者の実験により、二つの点が忠告されていた。一つは、コンクリートに対して鉄筋が多すぎたり強すぎたりすると壊れるということ。もう一つは、接合部が壊れないようフープという帯筋を入れる必要があること。ところが、この二つの条件を満たしていても壊れているケースがあることを塩原教授は発見する。

「それまでは、鉄筋が多すぎなければ接合部は壊れないとみんな思っていたわけです。最近はデザイン性や空間確保が重視されて、柱が細く設計された結果、柱と梁の強度がほぼ等しい建造物も珍しくありません。しかし、私はこの常識を改めて疑い、〝鉄筋が少なくても柱と梁の強度が同じ場合には、接合部が破壊する可能性がある〞との仮説を立て、過去の実験結果を洗い出し、さらに新たな実験とシミュレーションを積み重ねました」

最終的には実大での大規模実験も行い、仮説が見事証明され、論文の受賞にいたった。世界でも見過ごしていた点に着目する様は、まさに名探偵。

「誰も知らないことが世界に先駆けてわかるというドキドキ。この知的興奮が、研究者にとっては最大の牽引力です。ただ、研究の結果〝実はその建物は危ないです〞と伝えなければいけないことは、本当に辛い」

研究の最先端をいく者だけが知る歓喜と苦悩。しかし嘆いてはいられない。「対策は正直難しい。今ある建物に壁を入れるというような小手先の問題ではない。まず基準を変え、国主導でガイドラインをつくるべきです。そのためには、志の高い建築家や設計者、施主を増やし、建築構造の専門家や技術者を育てていく必要があります」

ただ、どんなに建築構造の研究が進んでも、地震が起こるたびに被害は出てしまう。それは、建築物が〝一品生産〞であるがゆえの宿命だという。工業製品と違い、材料、構造、大きさ、形、立地など、すべての建築物で条件が違うため、モデルをつくり倒壊現象をシミュレーションするのは至難の業で、一概に〝これならば安全〞という答えを出すのが難しいのだ。

「でも、私たちは地道に数値を積み上げ、倒壊現象の再現モデルをつくっていきたい。それにより、今ある構造物でも、どこまでの揺れに耐えられるのか、余力はどれくらいなのかがわかります。予知できれば被害は最小限に抑えられますから」

実験室では今日も、鉄筋コンクリートの柱梁接合部を壊す実験が行われている。それは、今まで安全とされていた常識を壊す作業でもあり、新しい安全基準をつくる一歩でもあるのだ。

鉄筋コンクリート構造物の破壊原因を探る

実験室には接合部がごろごろ

実験室には、「鉄筋コンクリートの柱と梁の接合部」がごろごろ。コンクリートには、さまざまなパターンで鉄筋が埋め込まれている。圧力をかけ、破壊し、その様子を計測。シミュレーションが正しいかを確認していく。

地震が起これば実地調査へ出動!

地震による家屋の倒壊がみられたら、現地調査へ。東日本大震災では、学生とともに数回にわたり宮城・茨城に足を運んだ。残っている建造物だけでなく全壊後に残る瓦礫にも目を向け、被害原因を推理する。

90年前の写真も大切な検証材料のひとつ

研究室には関東大震災時の東大の状況をおさめた貴重な写真も。瓦礫の状況、柱の壊れ方、柱梁接合部の状態など、写真を丹念に見ていくと思わぬヒントが潜んでいることも。実地調査の際も、デジカメで大量に写真を撮る。

4階建てビルを壊す大規模実験も

論文受賞を機に、防災科学技術研究所のE-Defenseを用いた実大4層RC建物の破壊実験に参加。予想通りの接合部の破壊を確認できた。部材レベルではなく実際にビルを建てて壊すことにより、研究が大きく前進していく。

研究室学生インタビュー

ときとして人命に関わる重要な研究。 根気と体力が勝負!?

塩原研究室 金 秀禧さん Kim Suhee 東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 修士課程2年

韓国の大学を卒業し塩原研究室へ来た金さん。日本コンクリート工学会で論文奨励賞も受賞しました。

韓国から留学してみて、東大、そして塩原研究室の魅力は?

学4年生までは、韓国の東亜大学建築学科に通っていました。大学院から東大を選んだのは、日本の大学院を調べていたときに、塩原研究室がとても楽しそうに見えたから。実際来てみると体力勝負なところもあり大変ですが、鉄筋コンクリート構造物の安全性に関する実験設備では、ここまで充実している大学は世界でもなかなかありません。思う存分実験ができる環境が整っていることが、とてもうれしいです。

本郷キャンパスは立地も気に入ってます。上野公園が近いので、息抜きによく散歩に出掛けます。緑が多くてリフレッシュできるし、美術館や博物館もそろっていて、とても贅沢な散歩コース!

論文奨励賞も受賞した金さん。現在の研究テーマは?

柱梁接合部の崩壊現象のシミュレーションを行うためのモデルをつくっています。先輩たちが何年もかけてつくり上げてきたプログラムを、拡張したり、新しい要素を加えたりしながら、パソコン上でたくさんのプログラムを書き込んでいきます。これまでは2次元のシミュレーションでしたが、私は、3次元へのモデル化を進めました。応力状態もとても複雑で、解析するのに苦労しました。

コンクリートの中は実際には見えないので、シミュレーションによってどこが悪いかが明らかになることもあります。自分の研究が、建物の安全性を高めることに役立っていると思うと、とてもやりがいがあります。

塩原研究室に向いているのはどんなタイプ?

〝頭が飛び抜けていい〟というよりも 〝真面目な人〟かな(笑)。建築というとデザインが注目されがちですが、安全性という構造物の基本の部分でまだまだ解明すべきことがたくさんあります。ときとして人命に関わる重要な研究ですが、実験は地味(笑)。それでも、塩原先生のように今まで見落とされていたポイントに注目する視点や根気強さを大切にしながら、一人前の研究者を目指したいと思っています。

実験室では力仕事も。
筋力アップに効果的!?

実験では鉄筋コンクリートを扱うので、力仕事が結構大変。女性だからどうこうということはありません (笑)。地下2階にある実験室は、空調は整っているものの窓がないので、長時間作業していると息が詰まることも......。そんなときは、散歩をしてリフレッシュしています。

コンクリート学会の副賞は
なんと、ハンマー!

2013年春に行われた日本コンクリート工学会で、論文奨励賞をいただきました!「柱梁接合部マクロエレメ ントを用いたRC造骨組の地震応答解析 ―― 主要動の継続時間をパラメータとした解析結果」という論文です。副賞でいただいたのが、テストハン マー(笑)。使うのが楽しみです。

茨城の学校の被害調査へ。
細かなヒビまでチェック

地震が起きたら、現地調査へ。東日本大震災のときは、1週間ほどかけて茨城県の学校の被害状況を調査しました。私が見た学校の校舎は、ちょっとヒビが入っていたり、地盤が揺らいでいたりした程度でしたが、写真などで見るのと実際足を運ぶの とでは全然違いました。

書見台は、韓国の
高校時代から愛用

研究室のデスクには愛用の書見台が欠かせません。日本ではほとんど見かけませんが、韓国ではみんなもっ ている文房具のひとつ。私は高校生のころに買いました。パソコン操作をしながら、画面と同じ目線で資料を追えるのでとっても便利です! 日本でももっと広まればいいのに。

建築学科内対抗
ソフトボール大会も

毎年、建築学科の各研究室が一堂に会し、ソフトボール大会が開催されます。といっても、みんな私服のゆるい試合ですが(笑)。2013年の大会は塩原研究室が準優勝と大健闘!?練習後はいつもみんなで乾杯。おいしいお酒を飲むために、ちょっと汗をかいてみてる感じです(笑)。

研究室のみんなで
念願の富士登山へ!

研究室のメンバーは現在10人。女性は2人です。月に1〜2回開催する研究室飲み会には、先生ももちろん参加。2011年は、みんなで富士登山にも行きました。途中の山小屋で1泊して、頂上まで登りました!風が強くて寒くてびっくりしました。いい思い出です。

建築学科

災害に強く、快適に過ごせる「建築空間」は、私たちが生きるために必要な「生活基盤」であり、人類のもつ様々な知識、技術、文化が適用された総合的な構築物である。これからの建築学は構造力学、材料工学、環境工学を駆使した高い機能と、多様な嗜好や地域の価値観を合理的に取り込む最先端のデザイン工学との融合によって、 より良い生活基盤の構築を可能にする極めて高度な「ものづくり」と「人材育成」を目指している。