プレスリリース

二酸化炭素をほとんど排出せず、天然ガスから有用化学品を直接合成 ~高性能・高耐久な鉄酸化物サブナノクラスター触媒を開発~


1.発表者:
矢部  智宏(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 助教)
和知  慶樹(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 博士課程2年)
鈴木  崇哲(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 博士課程1年)
米里 健太郎(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 特任助教)
鈴木  康介(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 准教授)
山口  和也(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授)

2.発表のポイント:
◆分子状鉄–タングステン酸化物(注1)を用いることで、世界で初めて600℃で長時間安定な鉄酸化物サブナノクラスター(注2)触媒の開発に成功した。
◆ メタンから従来の鉄酸化物触媒を超えるホルムアルデヒド(注3)・一酸化炭素への転換を達成し、同時に発生する二酸化炭素量の低減も達成した。
◆ 天然ガスを有用化学品に転換できるようになれば、現代社会が直面する石油依存という問題からの脱却や二酸化炭素排出の低減が可能になる。

3.発表概要:
東京大学大学院工学系研究科の矢部智宏助教、山口和也教授らの研究グループは、世界で初めて600℃のメタン酸化条件下で長時間安定な鉄酸化物サブナノクラスター触媒の開発に成功しました。さらにメタンから従来の鉄酸化物触媒を超えるホルムアルデヒド・一酸化炭素への転換を達成し、二酸化炭素排出量の低減にも成功しました。
天然ガス(メタン)を原料とする新たな化学品合成技術が望まれていますが、メタンの活性化には高温に熱する必要があり、このような過酷な条件では生成物がさらに酸素と反応し、二酸化炭素が排出されることが課題でした。従来の鉄酸化物触媒では、メタン酸化に対して高活性を示すことが知られていましたが、高温条件により触媒の劣化を引き起こし、触媒活性は時間とともに低下していく点が依然として課題でした。そこで本研究では、分子状鉄–タングステン酸化物を触媒の前駆体(注4)に用いることで、二酸化炭素の排出を抑えながら効率よくメタンを転換し、さらに600℃でも触媒が劣化しない、長時間安定な鉄酸化物サブナノクラスター触媒の開発に成功しました。具体的には、従来の鉄酸化物触媒では二酸化炭素の排出量が生成物全体の27%であったのに対して、今回新たに開発した触媒では9%と少ない二酸化炭素排出量で、より効率良くホルムアルデヒド・一酸化炭素へ転換することに成功しました。本成果により、天然ガスを有用化学品に転換でき、現代社会が直面する石油依存という問題からの脱却や二酸化炭素排出の低減が可能になります。今後、高性能・高耐久性を有する金属酸化物サブナノクラスター触媒を設計できるため、さまざまな工業触媒プロセスへの応用が期待されます。
本研究成果は、5月19日にオランダ学術誌「Applied Catalysis B: Environmental(アプライド・キャタリシスB・エンバイロメンタル)」のオンライン版に掲載されました。
なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)研究領域「多様な天然炭素資源の活用に資する革新的触媒と創出技術」(研究総括:上田 渉)における研究課題「超臨界メタンを基質兼媒質とした均一系・不均一系触媒プロセスの開発(JPMJCR17P4)」(研究代表者:山下 誠)、日本学術振興会科学研究費助成事業(20K15085)による支援を受けて行われました。

4. 発表内容:
【研究背景】
天然ガスは、石油に比べて水素の比率が高く環境への影響が小さいといわれています。天然ガスの生産地は世界各地に広く分布していて、埋蔵量も豊富です。このため、長期的な安定供給という点で今後もさらに利用が進んでいくと考えられています。そこで二酸化炭素の排出を抑えつつ、環境に配慮しながら天然ガス(メタン)を有効利用するために、工業的に安価な酸素を用いてメタンを酸化して、メタノールやホルムアルデヒド、一酸化炭素などの有用化学品に転換するプロセスが切望されています。これまでにさまざまな鉄酸化物触媒が報告されており、メタンをホルムアルデヒドや一酸化炭素に選択的に転換することが知られています。しかし従来の鉄酸化物触媒を用いて高温条件でメタン酸化反応を行うと、反応初期に生成した鉄酸化物ナノクラスターが徐々に劣化していくことが課題でした。そのため、高温反応条件下でも安定な鉄酸化物触媒が求められてきました。
分子状タングステン酸化物は、高い安定性を示すことから触媒として重要な材料の1つとされています。特に、安定構造から一部が欠損した欠損型分子状タングステン酸化物は、さまざまな金属イオンと反応し、導入した金属種を安定化することができるため、高温酸化条件下でも内部の金属酸化物クラスターの凝集を抑制できることが期待されます。

【研究内容】
本研究では、分子状鉄–タングステン酸化物を触媒の前駆体に用いることで、世界で初めて600℃のメタン酸化反応中でも劣化しない、長時間安定な鉄酸化物サブナノクラスター触媒の開発に成功しました。さらに従来の鉄酸化物触媒では二酸化炭素の排出量が生成物全体の27%であったのに対して、今回新たに開発した触媒では9%と少ない二酸化炭素排出量で、より多くのホルムアルデヒド・一酸化炭素への転換にも成功しました。
エックス線吸収微細構造(注5)や高性能な電子顕微鏡(注6)を用いることで、分子状鉄–タングステン酸化物が高温メタン酸化反応中に分解し、鉄酸化物サブナノクラスターとタングステン酸化物ナノクラスターが形成し、それらが非常に近くに存在することを明らかにしました。また鉄酸化物と分子状タングステン酸化物を別々に前駆体に用いると、触媒の安定性は大きく低下することも分かりました。以上から、分子状鉄–タングステン酸化物をあらかじめ精密に作り込んでおき、触媒の前駆体として用いることで、メタン酸化反応中にタングステン酸化物ナノクラスターがバリアとなって触媒の劣化を抑制し、触媒の耐久性を飛躍的に向上させることを見出しました。

【今後の展開】
埋蔵量が豊富な天然ガスに含まれるメタンを有用な化学品に転換できるようになれば、現代社会が直面する石油依存という問題からの脱却や二酸化炭素排出の低減が可能になります。さらに本研究の合成手法を用いて、構成元素の選択や構成原子数を制御することで、高性能・高耐久性を有する金属酸化物サブナノクラスター触媒を設計し、さまざまな工業的な触媒プロセスへの応用が期待されます。

5.発表雑誌:
雑誌名:「Applied Catalysis B: Environmental」(オンライン版:5月19日)
論文タイトル:Selective oxidation of methane into formaldehyde and carbon monoxide catalyzed by supported thermally stable iron oxide subnanoclusters prepared from a diiron-introduced polyoxometalate precursor
著者:Keiju Wachi, Tomohiro Yabe*, Takaaki Suzuki, Kentaro Yonesato, Kosuke Suzuki, Kazuya Yamaguchi*
DOI番号:10.1016/j.apcatb.2022.121420
URL:https://doi.org/10.1016/j.apcatb.2022.121420

6.用語解説:
(注1)分子状鉄–タングステン酸化物
原子番号26の元素である鉄、原子番号74の元素であるタングステンと酸素からなる分子状の化合物。
(注2)鉄酸化物サブナノクラスター
1ナノメートル未満のサブナノサイズである、鉄原子と酸素原子が鉄–酸素間の相互作用を形成しつつ集積された化合物。サブナノ~ナノサイズの集積体は、バルク(界面に接していない部分)とは異なる固有の特異な性質を示すことが知られている。
(注3)ホルムアルデヒド
接着剤、塗料、防腐剤などの成分であり、安価なため建材に広く用いられている。またフェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂などの原料でもあり、重要な化学品である。
(注4)前駆体
ある化合物について、その物質が生成する前の段階の化合物。
(注5)エックス線吸収微細構造
エックス線を物質に照射し、その吸収の様子を調べることにより、対象元素の価数や種類、周囲の環境に関する情報が得られる。
(注6)電子顕微鏡
通常の顕微鏡(光学顕微鏡)では、可視光をあてて観察したい対象を拡大するのに対し、電子線をあてて拡大する顕微鏡。光学顕微鏡では見ることのできない微細な対象が観察可能である。さらに、原子番号が大きく重い金属原子を、軽い原子から明確に区別した観察が可能で、高性能なものでは、1原子レベルでの観察も可能である。

7.添付資料:

fig1図1.本研究成果の概要

従来の鉄酸化物触媒を用いて高温条件でメタン酸化反応を行うと、反応初期に生成した鉄酸化物ナノクラスターが徐々に凝集し触媒が劣化することが課題でした。本研究では、分子状鉄–タングステン酸化物を触媒の前駆体に用いることで、世界で初めて600℃のメタン酸化反応中でも劣化しない、長時間安定な鉄酸化物サブナノクラスター触媒を開発しました。また鉄酸化物と分子状タングステン酸化物を別々に前駆体に用いると触媒の安定性は大きく低下することも明らかにしました。

fig2図2.従来の鉄酸化物触媒と鉄酸化物サブナノクラスター触媒を用いた際のメタン酸化の経時変化

従来の鉄酸化物触媒を用いてメタン酸化反応の実験を600℃で24時間行ったところ、反応初期の活性は高いが24時間反応後にはメタン転化率、ホルムアルデヒド・一酸化炭素収率がともに半分程度まで減少しました。一方で、本研究で開発した鉄酸化物サブナノクラスター触媒を用いた場合には24時間メタン転化率、ホルムアルデヒド・一酸化炭素収率が維持されました。

fig3図3.鉄酸化物サブナノクラスター触媒の(a)電子顕微鏡で見た様子、
(b)元素マッピングによる鉄原子の分布、(c)元素マッピングによるタングステン原子の分布

鉄酸化物サブナノクラスター触媒の電子顕微鏡で見た様子では、2ナノメートル程度の非常に小さな粒子が観察されており、重原子の明るいコントラストによりタングステン原子が細かく分散していることが分かります。また元素マッピングによると、鉄原子とタングステン原子がかなり近くに存在していることが分かります。


プレスリリース本文:PDFファイル
Applied Catalysis B: Environmental:https://doi.org/10.1016/j.apcatb.2022.121420